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いま、「居眠り磐音」を振り返りて

いま、「居眠り磐音」を振り返りて

佐伯 泰英

著者特別インタビュー

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『探梅ノ家』(佐伯泰英)

「磐音」に込めた思い

――「磐音」を書くにあたって、モデルはありましたか。

 ありませんでしたね。私の長編時代小説第一作は『密命 見参!寒月霞斬り』ですが、これは藤沢周平さんの『用心棒日月抄』を意識して書き始めて、途中で柴田錬三郎風になったり、山本周五郎を真似てみたり、誰かの小説の光景を念頭に試行錯誤していました。そこから三年が経って、誰かを真似るのではなく、自分なりの時代小説のスタイルが出来てきて、ほどよく力が抜けて書けたのが「磐音」でしたね。

 磐音は長崎に行き、京都に向かい……奈緒を追いかけますが、このあたりはまだ力みがありました。やがて磐音が江戸に戻ってきて、吉原にいる奈緒を陰ながら見守るようになると、磐音の考え方や行動が定まっていきました。楽しみながら書いたなあ。いま〈決定版〉のために手直しをしていますが、「あれ、俺こんな物語を書いたんだ。けっこう面白いじゃないか」と感心しています(笑)。

――時代小説の登場人物と言えば、〇〇衛門や〇〇次郎といったお馴染みの名前がありますが、磐音という二文字の名前には強い響きがあります。

 磐音という名前も、シリーズが長く続いた理由のひとつだと思います。そもそも「イワネ」とは、同級生の一年上のお兄さんに「石根」さんという方がいらして、その響きが強く印象に残っていた。『居眠りナントカ江戸双紙』という通しタイトルを考えていたときに、遠い記憶が浮かび上がってきたので、「磐音」と字を当てたんです。

――その「石根」さんが、ご自宅を訪ねて来られたことがあったとか。

 そう、彼のことを同級生だと私が勘違いして書いたあとがきかなにかを読んで、「私は先輩です」と訂正に熱海のわが家にみえた。いやあ、驚きました。虚構の主人公の名前のもとになった方が現れ、記憶違いまで指摘されたのですから(笑)。

 シリーズが続くなかで、「生まれた子供に『磐音』と名付けました」とか、「うちの犬は『磐音』です」という読者の方がたくさんいらして。「磐音」は難しい字ですが、かなりインパクトがあったんだと思います。

――磐音という名前の硬質な響きとは対照的に、彼は優しく、お人好しで、困っている人を放っておけない。この性格はどのように決まったのですか。

 磐音を語るとき、やはり関前の悲劇があります。志を一にした友を斬って、自分は生き残ってしまったという責めや後悔を負い、奈緒とも別れて藩を出奔、江戸に行く。本来、欲していなかった重荷を背負った磐音、最後の最後の最後まであの悲劇を償おうとし、奈緒への想いを抱え続ける磐音。そんな人物だからこそ、キリリとした剣術家というよりは、長閑で、ほっこりとした性格の方がいいのかなと思ったんです。頭で考えて磐音のキャラクターが出てきたのではなくて、最初の状況設定が磐音を作っていったような気がします。いつの間にかそんな磐音に私が乗せられ、あとは勝手に物語が動いていったんです。

――タイトルの「居眠り」という部分にもそうした思いが込められていたのですか。

 そうです。「居眠り剣法」とは、その実態を著者もよく分からないのですが(笑)、間合いというか、緩急の「急」よりも「緩」を書いた方が磐音らしいということで、「春先の縁側で日向ぼっこをしている年寄り猫のよう」、「眠っているのか起きているのか、まるで手応えがない」と例えました。

――磐音の剣はどちらかと言えば受け身で、相手の剣を吸い付くように受けます。

 相手の力を殺していくのだけれど、最初の頃は実際にかなりの相手を斬っていましたね。担当者からは、「佐伯さん、殺し過ぎですよ!」と言われた気がする(笑)。それもそうかと、木刀に変えたり、峰で打つようにしたり。本来、峰で打つと刀が折れやすくなるので、剣術ではやってはいけないらしいのですが、まあ、物語ということで。たとえ物語でも、人を殺すよりは刀が折れた方がまだいいじゃないか、と開き直っていましたね。

文春文庫
探梅ノ家
居眠り磐音(十二)決定版
佐伯泰英

定価:803円(税込)発売日:2019年08月06日

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