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いま、「居眠り磐音」を振り返りて

いま、「居眠り磐音」を振り返りて

佐伯 泰英

著者特別インタビュー

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『探梅ノ家』(佐伯泰英)

「江戸ファンタジー」と史実と

――現代人が安らげる物語は、現代ではなく江戸時代を舞台にするからこそ創作できたのでしょうか。

 江戸時代というのは、二百六十年間、徳川幕府というひとつの政治体制のもと、「パクス・トクガワーナ」と呼ぶべき、安定と平和が続いた特異な時代です。江戸時代中期以降には、消費社会が出現し、「磐音」ではお馴染み鰻料理や鮨などの美味しい食べ物や下り物の酒や着物が広まり、吉原の遊女のファッションや化粧品、ヘアースタイル、小間物などが一般女性にも大きく影響を及ぼします。夜盗や殺しなどの事件や火事、地震や噴火、干害などの天災も多かったけれど、その上、庶民の九尺二間の住居は最後まで狭いままだったけれど、それでも明日働けば日銭を稼げてどうにか生きていける、という安心感を庶民は持っている。こんな逞しい社会ならば、浪々の侍が活躍する、いわば「江戸ファンタジー」だってあり得るんじゃないか、そう思ったんです。

――では、現地取材や資料の読み込みは大変だったのでは?

 もちろん、知らないことはできるだけ調べるようにしましたが、なにせ二十日間で一冊を仕上げるので、取材して、資料を整理して……と悠長にやっている時間はありませんでした。それに、資料に制約されて、物語を書くことがしんどくなることもある。典型的な例が、磐音たちが動き回る江戸、とくに深川や本所の街並み。たとえば、竪川や小名木川は現在もありますが、石垣ならまだしも現代のブロックで整備されていますし、六間堀に行っても、下町の雰囲気は残ってはいますが、マンションや飲食店が立ち並んでいて、とても江戸の風景をイメージするなんてできない。むしろ、古地図をじっくりと眺めて沸き立ってくる自分のイメージで書いた方が楽だったわけです。

――しかし、全くの「ファンタジー」ではなく、磐音と実在の人物の絶妙な絡み合いも、このシリーズの面白さです。たとえば、これから登場する徳川家基は実在の人物ですね。

 史実では、十代将軍家治の長男で、当然次代の将軍になるはずが、若くして亡くなった──言ってみればこれだけの人物です。この人を磐音と絡ませたらどうなるか。時は安永五年。外国船が近海に出没するなど、人々は不安を抱えている。そこで徳川幕府は、家康を祀る日光東照宮に参拝することで、人心の引き締めを図った。この史実である日光社参に、家基が行ったらどうなるかと考えた。家基を出したことで、田沼意次には敵役になってもらって、壮絶な戦い、そして決着にまで繋がっていった。

文春文庫
探梅ノ家
居眠り磐音(十二)決定版
佐伯泰英

定価:803円(税込)発売日:2019年08月06日

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