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「心」があるから、人を好きになる。現代人を癒す、ほっこり小説

「心」があるから、人を好きになる。現代人を癒す、ほっこり小説

文:青木 千恵 (フリーライター、書評家)

『廃墟ラブ 閉店屋五郎2』(原 宏一)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『廃墟ラブ 閉店屋五郎2』(原 宏一)

 続く「廃墟ラブ」は、半年ほど前に倒産したラブホテルの売却先が決まり、管理をしていた銀行の依頼で、五郎と小百合が備品の買い取り撤去に行く場面で始まる。ホテル利用客がコメントを書き込む“ラブノート”を見つけた五郎は、「アミ」という利用客による異質でシリアスな文章を読むうちに気が気でなくなる。うぶで生真面目な「アミ」は、色男の結婚詐欺師にたぶらかされ、大変な事態に陥っているのではないか。彼女を救いたいと前のめりになる五郎を、「そんなの余計なお世話じゃない」と小百合が止めるのだが。

 第3話「スリーチートデイズ」は、タクシー会社の閉業買い取り撤去に出向いた五郎が、社長兼タクシー運転手の波多野良江と知り合い、東京から福島県白河市まで、新幹線代より安い運賃五千円で送ってもらうことになるストーリーだ。第1話で百二十キロだった五郎の体重は、第2話で百二十五キロ、第3話で百三十キロと増えており、「糖質オフ生活」をしなくてはならないのに、五郎は良江と意気投合してラーメンや純米酒に舌鼓を打ち、熟年カップルの「デート」のようになる。3話にはそれぞれ「ボーイ・ミーツ・ガール」の要素が含まれ、いろんなタイプの女性に五郎が出会う傍らで、小百合と彼氏のロック歌手、マサトとの恋愛も進行していく。

 

 百二十キロの巨体で、楽天イーグルスの野球キャップがトレードマーク。このシリーズの魅力を挙げると、まずは「閉店屋五郎」その人のキャラクターのよさだ。かつてはやることなすこと失敗続き。新しい事業を起こしては失敗し、多額の借金を抱えてもネオン街で遊んで、挙げ句の果てに自己破産した男だ。愛想をつかした妻に幼い小百合を連れて出ていかれ、離婚後は独り身の五十路男である。しかし五郎は、恨みを抱えたり卑屈になったりせず、とりあえず元気に生きている。

 五郎が中古屋に転じてからなんとか続いているのは、一人娘である小百合の存在が大きい。別れた妻の真由美とはずっと会っていないが、離婚して十五年後、大人になった小百合が自ら五郎を探し出し、本業のウェブデザイナーの傍ら父を支えてくれるようになった。娘のためにも二度と失敗したくない。〈こういう店内の空気に触れられただけでも、商売的な収穫はなくても、けっして無駄足ではなかったと思う〉と、人の人生に触れて思いをめぐらす仕事が性に合っているのもあって、五郎は中古屋業を地道に続けている。

 五郎の性格は「ほだされやすい」、つまり人情家だ。猪突猛進で前のめりになり、女性と出会ってはときめいて「お節介」と化す様子などは、一九六〇年代から九〇年代にかけて撮影された「男はつらいよ」(山田洋次原作・脚本・監督)シリーズの主人公、「寅さん」に近い。「男はつらいよ」シリーズの大きなテーマだった「人情」というものは、平成以降の「失われた三十年」の中で衰退したものである。五郎は、たくさん失敗して、いろんなものを失ったけれど、とても大事なものはなくしていないのだ。

文春文庫
廃墟ラブ
閉店屋五郎2
原宏一

定価:814円(税込)発売日:2021年01月04日

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