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「心」があるから、人を好きになる。現代人を癒す、ほっこり小説

「心」があるから、人を好きになる。現代人を癒す、ほっこり小説

文:青木 千恵 (フリーライター、書評家)

『廃墟ラブ 閉店屋五郎2』(原 宏一)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『廃墟ラブ 閉店屋五郎2』(原 宏一)

 次に特徴を挙げるなら「閉店」というキーワードだ。一口に「閉店」といっても千差万別のドラマがあり、五郎と小百合が買い取り撤去に出向くたびに目にする人間模様を、このシリーズでは次々に読むことができる。本書なら平塚市や福岡、東北など、行く先々のいろんな街が描かれているのも魅力だ。街の風景と人びとのドラマが「閉店」をめぐって描き出され、一見しただけでは分からなかった当事者の本性やことの真相が二転三転の末に見えてくる。また特筆すべきは、例えば『鮮魚の蓑屋』の先代や、「アミ」を心配してラブノートに書き込みをした女性たちなど、五郎と小百合が直接会うことのなかった人びとの感情までもが伝わってくるところだ。五郎が「人情家」であるからこそ、物語に入り込んでくる人びとの気持ちなのである。原宏一さんの小説は奥行きが深い。

 そして、「いま」の物語であること。「閉店屋五郎」が「オール讀物」二〇一〇年三月号で初めて登場してから、かれこれ十年。二巻目の本書には、二〇一七~一八年に書かれた三作が収録されている。「失われた」歳月が加算された十年であり、小説には世相が映り込むものだ。ちなみに、その年に話題になった言葉を選出する「ユーキャン新語・流行語大賞」において、二〇一七年の大賞は「忖度」だった。忖度とは、“心中や考えを推し量って、相手に配慮する”という意味である。

「閉店」はビジネスとつながっていて、第1話「バリケード本店」は、捻りのあるビジネス小説として読める中編だと思う。ミノヤ東京本店と旧本店(平塚市)を行ったり来たりしながら、五郎と小百合は「ビジネス」をめぐる人の姿を目にするのだ。四十代と思しきやり手の女性社長に平身低頭して仕える五十絡みの部長を見て、〈あの男は何を喜びにして生きているんだろう〉〈社長の気持ちを斟酌することだけに血道を上げる日々。そこに生きる喜びなどあるんだろうか〉と、五郎は違和感を覚える。〈いやあ、苦労ってほどのことでもないですね。社長が白と言ったら白、黒と言ったら黒と信じて動けばいいだけなんで、楽なもんですよ〉と返す部長の台詞は、時世を映しとってリアルだ。ともに五十絡みの五郎と部長の生き方の違いを、読者はどう読むだろう? 本書は書かれた時代の空気をまとい、いろんな生き方が読める。

 

「閉店」はそれで終わりではなくて、始まりでもある。〈この短編集に登場する人びとは、五郎の人情をきっかけにして人生を変える。人は何度でもやり直しがきく〉と第1巻『閉店屋五郎』(文春文庫)の解説で永江朗さんが記したように、続編の本書でも、物語を通して人びとは変わる。人生は最後まで分からない。人情という「心」をなくしていない五郎が活躍する本書では、未来への希望が読める。原宏一さんの世界に癒される。また心があるから、人は人を好きになるのだ。

 あちこちを旅して、美女(マドンナ)に恋をした寅さんが不滅のキャラクターになったように、五郎は今日もどこかで「また余計なお世話」をしているのだろう。父・五郎と娘・小百合の恋愛と結婚話がこれからどうなるか、お節介な私は、二人の「これから」が気になる。二人に感化されたマサトが、本書でとてもいいことを言っているので、どんな台詞か注目してもらいたい。

文春文庫
廃墟ラブ
閉店屋五郎2
原宏一

定価:814円(税込)発売日:2021年01月04日

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