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<太田愛インタビュー>怒りにまかせて断罪しても変わらない。「相棒」脚本家が見つめる、現代日本社会の希望

<太田愛インタビュー>怒りにまかせて断罪しても変わらない。「相棒」脚本家が見つめる、現代日本社会の希望

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

電子版35号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

『彼らは世界にはなればなれに立っている』(太田 愛/KADOKAWA)

「相棒」「TRICK2」などの人気テレビドラマの脚本で知られる太田愛さんが『犯罪者 クリミナル』で小説家デビューしたのは二〇一二年。欲望と欺瞞が蔓延する社会の歪みを真正面から見つめ、その中で生き抜く人々を圧巻のスケールで描き出し、話題となった。最新作『彼らは世界にはなればなれに立っている』は、「壊れてしまった」架空の町に生きた、名もなき人々の物語。現代日本を舞台としたクライムサスペンスである過去三作から大きく作風を変え、寓話的ともいえるスタイルをとる。

「小説は十代の頃から自分のためにずっと書いていて、今回は当時のものに近い語り口なんです。もともと学生時代はラテンアメリカ文学に夢中で、沖に向かっていくような長くて大きな物語を読むのが好きでした。神話的でありながらリアリスティックな『百年の孤独』には、特に影響を受けています」

 十三歳の少年トゥーレ、なまけ者のマリ、情報通の葉巻屋、窟に住まう魔術師。章ごとに話者を変えながら、各々が自らの町の記憶を語っていく。読み手は五感を刺激されつつ、彼らとともに町を彷徨う興奮を味わえる。

「過去作は、はっきりしたゴールに向かってフックを作り、一気読みをしてもらえる小説を目指していました。新聞に連載されていたディケンズの作品のように、ページを繰ることを止められなくなるようなものを理想としていて。今回は初めて、一章ずつ、しおりを挟みながらゆっくりゆっくり読んでもらえるような作品を志しました。登場人物一人ひとりの声を丁寧に掬い取って、彼らと一緒に作品に流れる時間を感じていってほしいなと思います」

 町が祭りに沸き立っていたある日、トゥーレの母はひっそりと姿を消してしまう。そこには戦争の影が色濃く忍び寄っていた。

「前作『天上の葦』で頂いた若い方からの感想のなかに、〈戦争は苦手だが、楽しく読めた〉というものがありました。私の世代にとって、戦争はあまりに身近な存在だったので、その〈苦手〉という感覚にふしぎな新しさを覚えたんです。私がいま感じているのは、この国は前の戦争をきちんと清算してこなかったのではないかということ。このままでは、また同じことが起きてしまうかもしれないという危機感がありました」

 デビュー作『犯罪者』では「企業と個人」、『幻夏』では「法と個人」をテーマとして扱った。三作目の『天上の葦』では、権力と切り結ぼうとしたジャーナリストの視点から、「国家と個人」の問題に向き合った。

「前作を書き進める中で、いま私たちは引き返すことができない縁のぎりぎりまで来ているのだという恐怖を新たにしました。見て見ぬふりができるくらいの緩やかな角度で世の中が傾きかけている。だから、今作では縁の向こう側に転げてしまった先にある世界をまるごと捉えようと決めたんです。そうして『世界と個人』についての話を書きたいと思ったとき、現代を舞台にしていてはこぼれ落ちてしまうものがあることに気が付きました」

 トゥーレの母は他所から移住した〈羽虫〉と呼ばれる存在で、町のひとからの心無い差別に苦しんでいた。一方、彼女を蔑む古くからの住人たちも、一人ひとりはそれぞれに“善良”な人間として、必死に生きている。彼らの無自覚ゆえの残酷さは、現代の私たちの心にも巣くうものだと思わされる。

「いまの日本では、自分が個として何者であるのかを知る前に、抑圧され、従順であることを学ばされてしまうような気がしています。自分を見つめることではじめて他人の意見を尊重できるはずなのに、その前に社会の中で押しつぶされ、口をつぐむことを覚えてしまう。己の魂の存亡をかけて戦わなくてはならないときが来ているなと感じます」

 やがて町では選挙が廃止され、報道の自由も奪われていく。悲しい出来事の連鎖をどうしたら止められたのか、作中で明確な答えは提示されない。太田さんは、現実の課題に向き合うときには、怒りにまかせて断罪するのではなく、物語として手渡すことに意味があると語る。

「なにか世界に違和感を覚えたとき、物語として表出させることが私にとって一番自然な形なんです。読んでくださる方によって、この小説を読んで感じること、思い出すことは違うはずです。学生さんが集団生活で感じるやるせなさだったり、社会に出た時に味わった理不尽な仕打ちだったり。読み手の世代・性別・経験によって、まったく違う受け取り方をしてくださるのでしょう。その素直な感覚を何より大事にしてほしいし、読んでいて感じたことが一人ひとりにとっての真実だと思うんです。この本を読むことを体験として味わってもらえたら、とても嬉しいです」

 自身の中に物語が根を下ろすのを待ちながら、登場人物たちの声にじっと耳を傾ける。作品を紡いでいくのは、太田さんにとっても、ひとつの大きな「体験」だという。

「今作で、やっとここまで辿り着けた、私はこれが書きたかったのだというしみじみとした実感がありました。今後も『世界と個人』というテーマは、自分の核として持ち続けていくのだろうと思います。それをどんな角度で切り取っていくべきか、毎日苦しみながら悩んでいますが、ひとつずつ誠実に見つけていきたいですね」


おおた・あい 香川県生まれ。大学在学中より始めた演劇活動を経て、一九九七年、テレビシリーズ「ウルトラマンティガ」でシナリオライターとしてデビュー。ドラマ「相棒」「TRICK2」などの脚本を手掛ける。二〇一二年に『犯罪者 クリミナル』(上・下)で小説家デビュー。一四年、『幻夏』で第六七回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)候補になる。ほかの作品に『天上の葦』がある。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版35号(2021年1月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年12月18日

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