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昭和史最良の語り部、半藤一利さんの遺した「人生の愉しみ方」

出典 : #文春新書
ジャンル : #随筆・エッセイ

歴史探偵 忘れ残りの記

半藤一利

歴史探偵 忘れ残りの記

半藤一利

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『歴史探偵 忘れ残りの記』(半藤 一利)

 この言葉、当然のことに中国のおごそかな古典に発していると考えていたが、すぐ気づいたのは、古代中国では書物は紙ではなくて、木簡や竹簡であった。これじゃ光がその裏側まで透徹すべくもない。どだい無理な話。ということで気になったので、さっそく探索と相成った。

 出典は日本、それも幕末のころの儒者、塩谷宕陰とすぐにわかった。この人が、同じく儒者の安井息軒について論じたもののなかにこうある。

「書ヲ読ンデ、眼、紙背ニ透リ、識慮高卓、議論、人ノ意表ニ出ヅ」

 すなわち「読書して人の数倍も理解力が秀でており、識見も思慮もすぐれ、議論をすればつねに人の意表をつく」と、褒めて褒めまくった文章のなかにでてくる。「透」を「徹」とのちの世の人が言い換えたらしい。

 ついでに書くと、宕陰先生はこの息軒論のなかで、とても教訓的なこと、逆にいえば、それゆえわれら凡人にはおよそ役立たぬことも、おごそかにのたもうている。一部引用してみるが、原文の漢文のままに。

「嘗観於当今之学徒、其在庠校、孜孜勤苦者有矣。(後略)」

 これじゃやっぱり何のことか、眼光、紙背に徹してもわからない。で、後半もふくめて現代語に意訳してご紹介すると──。

「近ごろの学生どもは学校にいるときは、懸命に本を読むが、卒業して就職でもしてしまうと、一ページも開けなくなる。長の肩書でもつくともうさっぱり。ちょっと病気でもしようものなら挫けて、本をぶん投げる。そんな奴らばかりで、情けないったらない」

 就職したらもう終りという奴は、「その志小なる者なり」。女房を貰うと駄目になる奴は、「その器狭き者なり」。肩書に長がついてさっぱりなのは「その意満る者なり」。病気して挫けるのは「その気剛ならざる者なり」……。

 という具合である。

 生涯学習が盛んに唱えられているいま、幕末にすでにしてそのことの大切さを看破し、明言している方がいたのである。と感服してみても、いまの本を読まざる人に満ちている世の中、やっぱり無駄なことか。


(「まえがきに代えて──生涯読書のすすめ」より)

文春新書
歴史探偵 忘れ残りの記
半藤一利

定価:935円(税込)発売日:2021年02月19日

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