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婆沙羅大名、佐々木道誉。現代日本人の美意識はこの男から始まった!

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

婆娑羅大名 佐々木道誉

寺田英視

婆娑羅大名 佐々木道誉

寺田英視

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『婆娑羅大名 佐々木道誉』(寺田 英視)

 この小笠原氏のいう「婆沙羅といわれた道誉」が本稿の主人公佐々木道誉である。婆娑羅とは鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて忽然と出現した新しい美意識である。その原義は梵語(サンスクリット)の「バージラ」あるいは「バージャラ」に由来し、「硬くて何物をも砕く金剛石」「不動心」「魔神を調伏する法具」等を意味するという。ここから派生した美意識を婆娑羅だとするが、直接的な語源とするには素直にうなずけないものがありはしないか。むしろ舞楽などで本来あるべき拍子を崩して、派手な演出で効果を高めようとする方法を婆娑羅という説の方が、素直に納得できるだろう。

『太平記』に描かれた婆娑羅の実態は、身分不相応に遠慮がなく、衣装や調度においても豪奢華麗を極め、他人の掣肘を甚だしく嫌うものであった。

「此比都にはやる物、夜討強盗謀綸旨」に始まる「二条河原落書」には、「……鉛作のおほ刀、太刀よりおほきにこしらへて、前さがりにぞ指ほらす、ばさら扇の五骨……誰を師匠となけれども、遍くはやる小笠懸、事新しき風情也、京鎌倉をこきまぜて……自由狼藉の世界也」とある。

 この婆娑羅を一身に体現したのが佐々木道誉である。婆娑羅は何よりも誰よりも、道誉と結びついている。道誉の家すなわち佐々木(京極)家は、宇多天皇の孫雅信王に出自し、近江を根拠地とする宇多源氏である。鎌倉時代には、京において検非違使を務める家でもあった。『平家物語』の宇治川先陣争いに名高い佐々木高綱も、道誉の先祖の一人である。

 婆娑羅大名と言えば高師直や土岐頼遠の名もすぐに浮ぶが、彼らが時を得顔にふるまうのは一時で、戦上手ではあるが、二人とも何か存在そのものが『太平記』の記述では矮小で陋しく見えるように描かれている。事実、美意識と教養の広さ深さにおいては、遥かに道誉に及ばないだろう。

 道誉に象徴される婆娑羅とは、単なる乱暴者の所業をいうのではない。日本人の美意識と深くかかわる“何か”がそこに潜んでいるのである。『太平記』に描かれた道誉は、その政治における、その戦争における老獪さと実行力において、室町時代に花開く多くの藝術におけるその先蹤として、鮮やかな精彩を放っている。『太平記』に登場する諸群像の中で、最も光彩陸離たるものが楠木正成と佐々木道誉であることは、多くの論者がこれを認めているのである。その婆娑羅の内実は、能狂言から茶の湯、立花、聞香、連歌にまで及ぶ、幅広い文化の享受者であり、庇護者であり、指導者でもあった。

文春新書
婆娑羅大名 佐々木道誉
寺田英視

定価:935円(税込)発売日:2021年04月20日

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