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くすんだ灰色の世界に感じ取るたしかな青春の色合い

くすんだ灰色の世界に感じ取るたしかな青春の色合い

文:五十嵐 律人 (作家・弁護士)

『うつくしい子ども』(石田 衣良)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『うつくしい子ども』(石田 衣良)

「亡くなった九歳の女の子と同じように、あの少年Aの兄も奥ノ山事件の被害者だった」

 加害者家族も、被害者である。本書が単行本で刊行された一九九九年当時、この一文を書くには、相当の覚悟が必要だったのではないかと想像する。九〇年代後半と聞いてピンときた方もいるはずだが、二年前の一九九七年に、名実ともに少年犯罪史に大きな影響を与えた、神戸市連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)が起きているからだ。

 本書で中心的に描かれる殺人事件と、神戸市連続児童殺傷事件の間には、被害児童や加害児童の特性、犯行態様、犯行後のパフォーマンスといった多くの点で類似性が認められる。もちろん、偶然に似通ったわけではない。“あの事件を別の角度から見ることはできないだろうか?”という思いで本書を書き上げたと、著者はインタビューで答えている。

 著者が見せようとしたのは、どの角度から照らした光景だったのか。

 事件当時、私は小学校低学年だったので、リアルタイムで社会の反応をうかがうことはできなかった。だが、加害者家族側に焦点を当てながら、さらに彼らを被害者として扱おうとする報道は皆無に近かったはずだ。なぜ、そのように言えるのか。答えは単純で、事件から二十年以上が経過し、個々人の人権意識が高まった現在においても、加害者家族──特に少年事件の加害者家族は、社会の厳しい視線に晒され続けているからである。

 本書を読み進めれば、加害者家族から見た事件の光景が、克明に描かれていることに気付くだろう。そして、その観測者を親ではなく、少年Aと同じ目線に立つ中学生の兄に設定することで、物語に青春小説としての深みがもたらされている。

 

 前置きはこれくらいにして、内容について触れていきたい。

 本書において舞台とされているのは、日本の科学技術振興の中心として、国家プロジェクトで生まれた『科学の街』。豊かな自然環境と多数の研究施設が併存するニュータウンで、失踪していた九歳の少女の凄惨な遺体が発見される。

 死因は窒息死。遺体はロープで吊り下げられ、両乳頭部に咬傷が認められた。そして現場には、スプレー塗料を用いたサインと、さらなる犯行を仄(ほの)めかすメッセージが残されていた。

 ニュータウンを騒然とさせた殺人事件は、男子中学生──三村和枝の補導によって一応の決着を迎える。事件当時十三歳であった和枝は、刑事未成年者として刑罰を科されず、少年院送致も免れて、児童自立支援施設送致という軽微な保護処分が下される。

 少年法の限界を露わにするかのような犯行と、生じた結果と釣り合わない処分。

 衝撃が、恐怖が、怒りが、憎しみが。地域を越えて、社会全体を駆け巡る。そして、行き場を失った負の感情が、加害者家族に容赦なく襲い掛かっていく。

 なお、先にも述べたとおり、本書の単行本は一九九九年に刊行された。そこで、二十年以上が経過した現在において、仮に同様の事件が起きた場合の処遇を、若干補足しておく。

うつくしい子ども
石田衣良

定価:814円(税込)発売日:2021年05月07日

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