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「魅力を足し算した役作りを」――新・鬼平 松本幸四郎インタビュー

「魅力を足し算した役作りを」――新・鬼平 松本幸四郎インタビュー

新・鬼平&新・梅安独占インタビュー

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

「オール讀物」5月号(文藝春秋 編)

池波正太郎生誕100年に向けて、これまで幾度も映像化されてきた名作、『鬼平犯科帳』と『仕掛人・藤枝梅安』の映画化が決定。
満を持して新たな主役が発表された。
火付盗賊改方長官・長谷川平蔵を務めるのは、十代目松本幸四郎。
祖父の初代松本白鸚、叔父の二代目中村吉右衛門が演じてきた大役を引き継ぐ。
表向きは鍼医、裏では殺し屋――藤枝梅安を演じるのは、俳優・豊川悦司。
今なお絶大な人気を誇る作品に挑む二人に、現在の意気込みを聞いた。

豊川悦司さんのインタビューはコチラ

◇ ◇ ◇

 叔父(中村吉右衛門)が『鬼平犯科帳』を撮影している時に、楽屋を訪ねた時のことは忘れられません。休憩中の叔父は鬼平の支度のまま次の出番を待たれていたのですが、僕は楽屋に入った瞬間に「生の鬼平がいる!」と興奮しました。実の叔父ですから小さい頃から公私ともによく見知った存在で、楽屋での姿も芝居では数えきれないほど目にしています。ですが、その時そこにいたのはいつもテレビで見ている長谷川平蔵そのもので、カメラが回っていないところでもその存在感はまったく揺らぐことはなかったのです。

松本幸四郎さん

 自分にとってリアルタイムで知る『鬼平』は叔父が出演していたテレビシリーズです。その『鬼平』を通して池波正太郎先生の作品世界を知り、初代鬼平が祖父(初代松本白鸚)だったことや丹波哲郎さん、萬屋錦之介の小父さんが演じていらしたことも知りました。自分自身もドラマの単発スペシャルで二度、出演させていただいたことがあります。でもまさか自分が長谷川平蔵を演じることになるなど考えたこともありませんでした。ですから、お話をいただいた時はとにかく驚きました。そして湧き上がったのは喜びと「演(や)りたい」という気持ち。何というべきなのか、根拠のない自信に背中を押されるように即答でお受けしていました。

 八代目松本幸四郎を名のっていた初代白鸚主演による『鬼平犯科帳』の連続テレビドラマが始まったのは一九六九年。七一年には新たなシリーズが制作され、その後主役は丹波哲郎、萬屋錦之介へと引き継がれ、中村吉右衛門主演による新シリーズがスタートしたのは年号が平成に改まった一九八九年のことだった。吉右衛門が二十八年にわたって鬼平を演じたシリーズは、連続ドラマ百三十七話、スペシャル十三本の計百五十本が制作された。幸四郎が出演したスペシャルは四作目の『引き込み女』(二〇〇八年)と八作目の『盗賊婚礼』(二〇一一年)で、それぞれの作品で医師の井上玄庵と大泥棒の後継者である傘山の弥太郎を演じた。

 池波先生の原作を改めて読ませていただくと本当にどの話も傑作ばかりだと実感します。一話一話読み進めるごとに印象がアップグレードし続けて、どれが好きかと聞かれても選べないというのが正直な感想です。先生は「江戸の世話物を描きたい」とおっしゃってお書きになったと伺い、なるほどと思いました。日常のさりげない自然や衣食住など人の暮らしにまつわるさまざまな事象、人物のちょっとした所作や心の持ちようなど、至るところに江戸の風情を感じます。

 それは歴史上に実在したリアルな江戸とは違うものなのかもしれません。令和の今、当時を知る人は誰もいませんから確かめる術はありません。仮にそれができたとしても史実に忠実であればいいというものでは決してないのだと思います。そこが歴史小説との違いで、ファンタジーとしての時代小説の魅力があると思います。

 携帯電話もインターネットもない、人と人が接しなければ情報を得られないという、今となっては誰も見たことがない世界。そこで生きているのがこの物語の登場人物たちです。善人もいれば悪人もいる。平蔵はそのさまざまな人を巻き込んで、人間ドラマが展開していく。

 皆さんよくご存知のように、この主人公は「鬼の平蔵」として手腕を発揮している人物でありながら、「俺についてこい!」というタイプの強烈なリーダーではありません。悪い者は悪い、という大前提のもと、裁くべきことはきちっと裁きながらも、人間対人間として相対していく。平蔵を演じる祖父の姿から滲み出る人間像は非常に印象深いものがあり、先生はよくこういう人物を創り上げられたものだと思います。

 その前提ありきで叔父の映像を見て強く感じるのは、鋭さと洞察力です。状況に応じてものごとに対峙していく中で、時に本心を押し隠してここぞという時に決定打を出す。いざという時の決断力、行動力、爆発力に魅力を感じます。

 自分自身が演じるに当たっては、それらすべてを足し算して、怒りの中にも哲学と信念のある鬼平がつくれたらと夢を膨らませています。

 こうした人物造形や物語の面白さに加えて、この作品の魅力となっているのが江戸の風情です。いつだったか、叔父が実際に着ていた衣裳を見せてもらったことがあるのですが、独自の仕立てになっている部分があることを知りました。着流しで格好良く歩くにはそれなりの技術が必要です。叔父はその確かな技術に加えてさらにそういう工夫をしていたのです。着流しの着こなしや歩き方に限ったことでなく、酒の呑み方、料理の味わい方、独特の江戸弁などさまざまなディテールには自分も徹底してこだわっていきたいと思います。

 そこで心強い存在なのが、京都撮影所のスタッフです。過去、数々の撮影で育てていただいたスタッフの方々と『鬼平』という素晴らしい作品でまた巡り会い、長谷川平蔵としてご一緒できるのは幸せな限りです。これまで受けたご恩を返さなくてはと心から思います。

 一九七九年に歌舞伎座で初舞台を踏んだ幸四郎の、松竹京都撮影所での初仕事は、一九八九年新春に放送された12時間ドラマ『大忠臣蔵』だった。九代目幸四郎を名のっていた父白鸚が主役の大石内蔵助を演じた作品で大石主税を演じたのである。以後、やはり父との共演で勝麟太郎を演じた『父子鷹』(一九九四年)、主演作の10時間ドラマ『竜馬がゆく』(二〇〇四年)、前述した『鬼平犯科帳スペシャル』、風采の上がらない天文マニアの平戸藩士を演じた『妻は、くノ一』(二〇一三、二〇一四年)などで撮影所を訪れている。

『大忠臣蔵』で大石内蔵助が祇園で遊興に耽るシーンは、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場』に相当します。その演目で自分は七代目染五郎を、父が九代目幸四郎、祖父が初代白鸚を襲名しました。ですから物語には馴染みがありました。ひとつ大きく違ったのは歌舞伎では女方が演じる仲居さんが女性だったことです。普通に考えれば当たり前のことに違和感を覚え、ドキドキしたものでした(笑)。

 それから三十年以上が経ち、その間にいくつもの作品を通して撮影所の皆さんにお世話になりました。監督さんはもちろんのこと、照明さん、衣裳さん、床山さん、大道具さん、小道具さん、関わっているすべての方々それぞれがどうしたら作品がよくなるか常に考えていらっしゃる。自分の存在は作品のためにあるという姿勢で臨まれるお仕事はまさに職人芸です。そういう方々が結集した現場はある意味、怖い場所でもあり、そのおかげで自分は役者として鍛えられました。

 これから始まる幸四郎版の『鬼平』は二〇二四年五月に劇場公開される映画と、配信による連続ドラマ五本が予定されている。脚本は大森寿美男、監督は映画を杉田成道、ドラマは山下智彦という布陣だ。

 映画は叔父も撮られていますが、配信というスタイルはこれまでの『鬼平』にはなかったことです。令和になって一気に普及した新たな伝達手段を通じて、より多くの幅広い層の皆さんにこの作品を知っていただけたらと思います。映画も配信も六作品すべて、そのひとつひとつを大切に鬼平になりきることに集中していきたい。

 杉田監督とご一緒するのは初めてですので非常に楽しみです。クランクインまでにしっかりと勉強して、どんな状況でも対応できるように万全の準備をして臨むつもりです。山下監督は『妻は、くノ一』、『陰陽師』でもお世話になっていて、情熱的でありながら繊細なお仕事をなさる方というイメージがあります。信頼できる大好きな監督さんと長谷川平蔵として再会できるのは非常に幸せです。

 それから楽しみにしているのが立廻りです。というのも時代劇で最近演じた役には、刀を使う場面がほとんどありませんでしたので。歌舞伎とはまた違った映像ならではの立廻りを思う存分やってみたいですね。馬の扱いや江戸弁のせりふなど含め、平蔵に必要とされる技術を磨いて取り組みたいと思います。

 撮影が実際に始まるまでにはさまざまなことをインプットしていかなければと思います。歌舞伎は古典ばかりでなく新作や長い間上演されなかった作品を復活させることもあるのですが、自分はそうした折に心がけていることがあります。それは古典を紐解く、ということ。現在、形として残っている古典の演出がなぜそのような形になったのかルーツを探り、先人が辿った道を自分も一から辿っていくのです。

 その過程には結果として選択されずに現在は行われていないやり方も存在します。そしてそこには必ず理由がある。そうしたことをきちんと調べもせずに安直に進めてしまうと、同じ轍を踏んでしまう。また自分で考えて斬新だと思ったアイディアが実は別の古典の作品ですでに先人たちがやられていた、などということもあるのです。

『鬼平』という歴史ある作品においても同じことが言えるのではないでしょうか。ですから、祖父や叔父が通ったであろう道はすべて通る覚悟でいます。そうやって自分をがんじがらめにすることから始めていきたい。やがてそこから解き放たれる時が来たら、時代劇でしかできないことは何かを本気で突き詰めていきたいと思っています。

 時代劇というのは単なるジャンルではなく、ドラマにおけるひとつの表現方法、演出だと自分は思っています。それを形にするにはたくさんの人の力が必要で、『鬼平』には最強のスタッフがいてくださいます。その中で自分は自分がやれることを最大限にやるのみです。撮影に関わる全ての人が存分に力を発揮できる環境が整えば、必ずや多くの方々に楽しんでいただける傑作時代劇ができる。そこは信じて疑いありません。いつの時代、どんな状況にあっても『鬼平犯科帳』で描かれる普遍的な物語は、人々の心を動かす力を持っているのですから。

 劇場にお越しくださる、また配信をご覧くださる方々はもちろんのこと、信頼するすべてのスタッフへの思いを込めて五代目となる長谷川平蔵を十代目松本幸四郎として演じていくつもりです。

初代のドラマ鬼平役の八代目松本幸四郎(右)、原作者・池波正太郎、岸井左馬之助役の加東大介(左)

(取材・構成 清水まり)

※『鬼平犯科帳』は2023年に映画を1作品と連続シリーズ5本を撮影、2024年に映画公開と同時に連続シリーズの配信が予定。


まつもとこうしろう 一九七三年、東京都生まれ。二代目松本白鸚長男。七九年、『侠客春雨傘』で三代目松本金太郎を襲名して初舞台。八一年、『仮名手本忠臣蔵』七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。二〇一八年、高麗屋三代襲名披露公演『壽 初春大歌舞伎』で十代目松本幸四郎を襲名。


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オール讀物2021年5月号

文藝春秋

2021年4月22日 発売

文春文庫
鬼平犯科帳 決定版(一)
池波正太郎

定価:825円(税込)発売日:2016年12月31日

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