池波正太郎生誕100年に向けて、これまで幾度も映像化されてきた名作、 『鬼平犯科帳』と『仕掛人・藤枝梅安』の映画化が決定。 満を持して新たな主役が発表された。 火付盗賊改方長官・長谷川平蔵を務めるのは、十代目松本幸四郎。 祖父の初代松本白鸚、叔父の二代目中村吉右衛門が演じてきた大役を引き継ぐ。 表向きは鍼医、裏では殺し屋――藤枝梅安を演じるのは、俳優・豊川悦司。 今なお絶大な人気を誇る作品に挑む二人に、現在の意気込みを聞いた。
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「世の中に生かしておいては、ためにならぬやつ」を闇から闇へと葬る仕掛人・藤枝梅安。表の顔は腕のいい鍼医として町の人々に慕われ、裏では冷酷な仕掛人。世の表と裏、善と悪、清濁さまざまなものを抱えた人間を描き続けた池波正太郎が生み出した魅力的なキャラクターは、緒形拳をはじめ田宮二郎、萬屋錦之介、小林桂樹、渡辺謙、岸谷五朗と、多くの名優が演じている。
この名作の主演オファーがあったとき、豊川は、大きな驚きとともに「よくぞ僕を選んでくれた」と感動したという。
子どもの頃、緒形拳さんが演じる『必殺仕掛人』の梅安を見て「怖いんだけどカッコいい!」と夢中になった時期がありました。僕の憧れのヒーローであったので、それをまさか自分がやることになるなんてとすごく驚きがあり、正直迷いがありました。ただ、大森寿美男さんが書いた素晴らしいシナリオを読み、監督に河毛俊作さんの名前が出て、これはやるしかないと腹をくくった。チャレンジしがいのある仕事を映画の神様がくれたんだなと思いました。
緒形拳主演の梅安の放送は、一九七二年のスタート。勧善懲悪の明朗時代劇が主流の時期に、殺しを請け負う闇の稼業の男が主人公ということで話題となり、高視聴率をマーク。夜十時台のおとなの時間の放送であったが、多くの子どもたちも魅了したのだった。
小学生のときだったと思います。『必殺仕掛人』と『木枯し紋次郎』(長い楊枝を口に咥えた孤独な渡世人を主人公にしたシリーズ)が同じ時間帯にやっていて、うちの姉は紋次郎を観たいんだけど、僕は仕掛人を観たくて……当時はビデオデッキもありませんでしたから、じゃんけんで喧嘩して観た記憶があるんです。小学校に行くと、楊枝を口に咥えているか手に持っているかで友だちもどっち派かわかる(笑)。ああ、お前はそっち派か、みたいに。女子はそれを見て「また、やってる」みたいなね(笑)。当時のテレビドラマはときどき女性の裸も出たりして、子どもには刺激の強いシーンがあったりしたんですけど、僕が夢中になった緒形拳さんの梅安は、目がギョロリとして、顔の半分にしか光が当たってなくて、なんか人間の顔ってこんな風に見えるんだと強く感じた覚えがあります。ダークヒーローと言われますけど、今回の新しい梅安のキャラクター、それを取り巻く世界の光と影は、いつの時代も不変のエンターテインメントになるという気がしています。
その後、豊川は緒形と共演する機会を得た。緒形との出会いは、時代劇を演じる上でも大きな収穫を得ることになった。
最初に緒形拳さんと一緒に仕事をやらせていただいたときは、「本物だ」と思いました。まさしく梅安が目の前にいました。色気もあるしかっこいい。共演させていただいて学んだことはいっぱいあります。自分にとって師匠の一人です。僕は『丹下左膳 百万両の壺』の撮影で、着物に慣れるためにずっと東京で着物を着る生活をしていて、その姿で緒形さんとご飯を食べたときに「丹下左膳なら着物はこう着るんだ」とかアドバイスをいただきました。懐かしい思い出です。もし、いま生きてらして、「今度、梅安やるんです」とお伝えしたら、どんな顔でどんなことをおっしゃるのか。考えると楽しい気持ちになりますね。
人は誰しもいくつもの顔を持っていると思うんです。たとえば僕は、俳優という顔、夫という顔、父親という顔。少なくとも三つの顔は持っている。それは皆さんそうだと思う。梅安もそういう一人。梅安の持っている二つの顔、人を殺める、人を救うという両極端の彼の行為、そこに説得力があるのが梅安というキャラクターのとても面白いところじゃないかと。たとえば僕らがたまにはお父さんの顔を休みたいなとか、サラリーマンとしての顔を休みたいときがあると思う。梅安の持つ表裏一体的なものは、共感を持って魅力的に映るんじゃないか。演じるときにそこにたどり着ければ、池波先生が考えた藤枝梅安という男に近づけるんじゃないかと思います。
原作と常に向き合いながら
梅安を演じることが決まってから原作を読み直したところ、グッとわしづかみされるような読後感がありました。池波先生にはお会いできませんでしたが、僕の中ではカッコいいイメージがある。カッコいい人はなにやってもカッコいい。鬼平でも梅安でも、カッコいい人が書いてるからカッコいいんだなと素直に感じます。池波正太郎先生の世界観、根っこのコンセプトを大事にしていこうという思いがあるので、完成したシナリオを読んだら、もう一度原作に戻る。僕らの仕事に正解なんてないから、原作と常に向き合いながら、観た人が喜んでくれるよう、自分たちが考えた「梅安」を勇気をもって制作していくことになるんだと思います。
江戸の風情が残る下町育ちの池波は、昔の味を愛し、食通でもあった。金に執着のない梅安も食を愉しむ男である。そして梅安は、わけありの女たち、悪人たちと出会うことになる。どんな敵に立ち向かうことになるのか、それを誰が演じるかも今後、注目されるところだ。
僕は食に関しては割と好き嫌いもなく、こだわらない方ですね。江戸の味と聞いて思うのは、寿司、お蕎麦。両方とも好きです。出身の関西とは違う江戸前の味ですが、寿司を食べ始めたのは大人になってからで、既に東京の味に違和感はありませんでした。好きなネタは……イカかな(笑)。
映画的要素がいっぱい詰まったホンですよ。アクションあり、ロマンスあり、笑いあり。すごくよくできたシナリオです。梅安含め、敵役、脇役もみなキャラクターが立っていて、面白いです。僕が今言えることはここまでですけど(笑)。
原作の梅安は坊主頭の六尺近い大男。昨年公開された映画『ミッドウェイ』(邦題)という作品で山本五十六役を演じたときに坊主にしたので、坊主頭には抵抗はありません。梅安についても、どれだけ身体を作るのか。痩せてるのか太っているのか、がっしりしているのか細いのか、そういうところも含めて、これからじっくり考えたいです。
監督の河毛俊作は、池波原作の『雨の首ふり坂』(二〇一八年・中村梅雀主演・大森寿美男脚本)などを手がけ、豊川とはドラマ『さよならをもう一度』『この愛に生きて』でタッグを組んでいる。緻密さと大胆さ、音楽や画作りまで、アート感覚が優れた演出家として知られる。
僕は河毛さんの作る世界や演出がほんとに好きで、(新『梅安』製作発表会見の)ステージでもピアソラの音楽が使われていて、「そうか、新しい梅安は音楽でたとえるならピアソラなのか」「デカダンスなイメージか」と感じたところです。
内面的には、最初に宮川朋之プロデューサー、ディレクターとミーティングをしたときに大ヒットした『ジョーカー』の話も出て、どこか梅安像をダブらせたりしてるんだと少し感じました。クランクインまで時間がありますし、監督とディスカッションができるのはすごくいいなと思います。
刀や銃と違って、梅安はものすごい接近戦で、影のように近づいて行ってふっとやるのがドキドキする。観終わったあと、ときどき振り向いたりして、「誰か後ろから来てるんじゃないか」みたいな怖さがありますよね(笑)。殺しの場面についても河毛さんがきっと色々考えていると思うので、楽しみにしています。僕は、まずは鍼灸を学ぶことになると思います。治療のシーンも結構あるでしょうから正しく鍼を扱えるようにならないと。
今回の『仕掛人・藤枝梅安』と『鬼平犯科帳』新作製作は、日本の時代劇文化を継承し、京都の製作技術を守ろうというプロジェクトから始動している。
映画は、二三年二月と五月に相次いで二作が公開予定。コンプライアンスが重視され、残酷なシーンなどドラマでは表現しにくい空気の中で、「時代劇映画」ならではの「闇」の世界を熟練スタッフたちが創りだす。百余年の歴史を誇る京都の時代劇スタッフとの仕事は、豊川にとっても大きな楽しみだ。
コロナ禍で、映像、演劇の世界にかかわらず、全ての人の生活が変わってしまいました。それでも僕らは働くし、ご飯も食べるし、毎朝も迎える。こういうことになってしまったけれど、乗り越えられつつある、いい感じになってる感覚が僕にはあります。世界的な映画の流行などを見ましても、未来を描くことから、少し前の時代や過去の時代、昔の人たちがなにを感じてどういう生き方をしてきたかを人々が学ぼうとしている。時代劇で描かれるシンプルでとても人情あふれる人間たちの世界というのはこれからどんどん需要が出てくるんじゃないか。マーケットも日本だけじゃなく世界にある。世界から見ても日本の時代劇がコンテンツとしてどれだけ愛されているか、支持されているかがわかる。昔の映画賞を受賞しているのも半分くらいは時代劇ですし、ここで時代劇を自分たちの手で復活させない手はない。そこに日本映画の大きな未来があるんじゃないか。個人の意見ではありますが、時代劇の黄金期がこれから来るんじゃないかという気がしています。
初めて京都の撮影所に行ったのは、おそらく藤田まことさんの刑事ドラマだったと思います。京都で撮影すること自体が僕にとってワクワクすることです。映画の撮影は、旅に似ているところがあると思うのですが、京都のスタッフ、京都の町のひとたちはいつもあたたかく迎えてくれる。「おいでやす」と言ってもらえてるような気がして、エネルギーをもらえます。前回京都の撮影所に訪れたのは三、四年くらい前で、その時はスタジオも満杯で俳優さんの控室もなかなか取れないくらい、すごく活気がありました。映画のコストのかけ方が変わって、特殊なロケーションやセットを必要とする時代劇映画を二本同時に制作するのは理にかなっているんじゃないかという気がしています。
京都駅を降りて、撮影所の門をくぐった瞬間に役の世界に入っていけるというような、東京でお芝居するのとは別の感覚は正直あります。たぶん京都のスタッフさんが「梅安、トヨエツがやるんやで」といまごろ言ってるような気がします(笑)。大切な役ですから、身が引き締まる思いどころか、身が縮こまる思いではありますが、クランクインが楽しみです。
(取材・構成 ペリー荻野)
※映画『仕掛人・藤枝梅安』は2022年に2作品を同時撮影、2023年2月に1作目、5月に2作目が公開予定。
とよかわえつし 大阪府出身。一九九〇年、北野武監督の映画『3―4X10月』で注目され、以降も『Love Letter』、『今度は愛妻家』、『必死剣 鳥刺し』、『MIDWAY』、ドラマ『NIGHT HEAD』、『愛していると言ってくれ』、『青い鳥』などヒット作に出演。二〇二一年に映画『いとみち』、『子供はわかってあげない』、『鳩の撃退法』が公開。
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