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【私的新刊ガイド】文春ミステリーチャンネル(2021年5月号)

【私的新刊ガイド】文春ミステリーチャンネル(2021年5月号)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

全国のミステリーファンのみなさん、こんにちは! ステイホームのお供にぴったりの、5月の新刊ミステリーをご紹介します。

文藝春秋が刊行する新刊書籍・文庫のなかから、評者が「これぞ!」と思ったミステリー作品をおすすめするブックガイドです。読み逃しがありませんように、チェックリスト代わりに活用していただけたらうれしいです。


【単行本】

□紀蔚然『台北プライベートアイ』(舩山むつみ訳)
□堂場瞬一『赤の呪縛

『台北プライベートアイ』(紀 蔚然)
『赤の呪縛』(堂場 瞬一)

読んで思わずニヤリ、「こういう私立探偵小説が読みたかった!」と快哉をさけぶ読者が多いのではないでしょうか。一気読みの徹夜本、台湾発のハードボイルド『台北プライベートアイ』。ハードボイルドといっても、チャンドラーのような叙情的なロマンも、ハメットのような乾いた暴力もありません。80年代にブームを巻き起こした“心優しき私立探偵”の流れに棹さす、軽みと温かみ、ユーモアと含羞にあふれた、いわゆるネオ・ハードボイルド路線の現代版です。

主人公の呉誠(ウー・チェン)は妻に逃げられた大学教授。パニック障害と鬱を抱えて酒席で暴れ、自己嫌悪に沈む……。アルコール依存症探偵マット・スカダーを地で行くような呉は、追われるように大学を辞め、探偵事務所を開設。たちまち奇怪な連続殺人事件に巻き込まれていきます。言動のあやしさゆえ犯人と疑われて逮捕され、真犯人を見つけるほかなくなるくだりも面白いし、監視カメラばかりの台北市内でなぜ犯人は犯行を続けられるのか? という中華圏(監視カメラ大国なのです)ならではの謎も魅力的。依頼人の女性と意気投合し、一線をこえてしまう“お約束”の展開はまあ読者サービスとして、次々に繰り出されるオフビートなギャグが笑える上に(やや品のないオヤジギャグはローレンス・ブロックというよりむしろウォーレン・マーフィー風かも)、台北の路地裏の描写も絶品。ニューヨークやロスの裏街よりも身近で、親しみがもてる感じがするのですね。いま、この手の私立探偵小説は「絶滅危惧種」なだけに、今後、日本でも人気が出そうな予感がします。

さて、現代的なハードボイルド小説に共通する、アイロニー、自己韜晦、暴力への忌避感情といったものは、乱暴にいってしまえば、いわゆる“男の美学”とか“タフネス”に対する拒否感。もうマーロウやコンチネンタル・オプの時代じゃないよ、という感覚だと思います。堂場瞬一さんの新刊『赤の呪縛』を読むと、昨今、警察小説が多様化している背景にも、似たような感覚があるのかな、と感じました。たとえば、堂場さんの「ラストライン」シリーズは、定年まであとわずか、妻とは離婚協議中(若い恋人はいますが)、老いに直面したベテラン刑事が主人公です。所轄署を転々とし、管内を歩いては「ラーメンでも食べようか」などと考える主人公に、もはや刑事のマッチョイズムは存在しません。

『赤の呪縛』の主人公・滝上もまた、さまざまな宿痾を抱えた刑事です。父と親子の縁を切っている複雑な家庭環境に加え、若き日の暴走によって「汚れた過去」も持っている。現在の事件を解決するために、滝上はひたすら自分の過去と向き合っていくのです。こんな警察小説がこれまであったでしょうか。

『赤の呪縛』の著者、堂場瞬一氏

【文春文庫】

□宮部みゆき『昨日がなければ明日もない

『昨日がなければ明日もない』(宮部 みゆき)

ついさっき「絶滅危惧種」といった舌の根も乾かぬうちに恐縮ですが、いましたね。日本にも杉村三郎という“心優しき私立探偵”が。宮部さんはインタビューで、マイクル・Z・リューインの生んだ探偵アルバート・サムスンを挙げ、「自分もこういうのんびりとした人のいい私立探偵が主人公の物語をいつか書きたかった」と語っています。その“人のいい私立探偵”が大活躍する『昨日がなければ明日もない』が文庫化されました。

本書は杉村シリーズの第5作。杉村はいろいろあって(詳しくは過去の作品を!)妻や娘と別れ、職場も離れ、ひとり東京の下町で探偵事務所を開設しています。杉村が独立し、依頼を受けて働くようになって以降の中編3作を収録したのが本書なので、シリーズ未読の方が『昨日がなければ明日もない』から手に取っても、まったく問題ありません。

第1話「絶対零度」では、自殺未遂をして入院中の娘と会わせてもらえないと訴える母親が相談に訪れます。なぜ娘の夫は母親と娘を会わせようとしないのか? 調査を開始する杉村の前に、やがて醜悪な人間模様が浮かび上がってきます。物語の終盤、ある罪を犯した男と向き合った杉村は、ぽろぽろ涙を流して彼に同情し、犯人から「こんないい人が私立探偵なんかやっていて大丈夫なのかなあ」と逆に心配されてしまう。しかしこの世には“人のいい”杉村でなければ見えない罪があり、真の悪がある――このことが、読者にはしだいにわかってくるのです。どうかこの機会に、日本最高の私立探偵小説を味わっていただけたらと思います。

以上3作、駆け足でご紹介しました。
ミステリーは私たちの大切な友人です。これからも気になる新刊をどしどしおすすめしていきます! お楽しみに!

バックナンバーはこちら


 
単行本
台北プライベートアイ
紀蔚然 舩山むつみ

定価:1,980円(税込)発売日:2021年05月13日

単行本
赤の呪縛
堂場瞬一

定価:2,035円(税込)発売日:2021年05月21日

文春文庫
昨日がなければ明日もない
宮部みゆき

定価:902円(税込)発売日:2021年05月07日

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