阿部定事件、チフス饅頭殺人、津山三十人殺し……日本中を戦慄させた衝撃の事件が甦る!
私は長年、通信社の記者として働き、後半は昭和史に関連した記事を扱うことが多かった。だから、時代が平成に移ってからも、しばらくは「昭和〇〇年」と頭の中で換算していた。それほど時代が心に深く染みついていたのだろう。その昭和には数々の事件が起きた。すさまじく残虐で「こんなことがこの日本であったのか!」と驚く事件も、背景や動機が想像できて「この時代にも起きていたんだ」と腑に落ちる事件も。態様はさまざまだが、共通しているのは、その時の社会の状況と深く結びついていることだ。犯罪は人間が起こすものだが、その人間の感情と思考と行動は時間や場所、環境などに影響される。昭和の事件を見ると、どれもその関係が強烈で、どこか「時代が事件を起こさせている」気がする。
そして、だからだろうか、どの事件も現代の犯罪に比べて“人間的”だ。犯罪自体は憎むべきものだが、そこには間違いなく人間が生きている。それを新聞や雑誌などのメディアがあおった。当時のセンセーショナルな事件報道を見ていると、現在のワイドショーや週刊誌と変わらないように思える。こんな事件がいま起きたらどう伝えられ、どう受け止められるのだろう、と書きながらいつも考えた。
本書のもとになったのは、文藝春秋のニュースサイト「文春オンライン」に連載したうちの戦前の事件だ。
関東大震災(一九二三年)を経て大正から昭和へ移るころは日本の大きな転換期だった。政党政治は混乱を極め、相次ぐ不況で農村から都市へ人口が大量に流出。大衆文化が花開いた。事件などの特異な出来事に大衆の興味が集中し、メディア報道が過熱。事件と報道が“二人三脚”のようにさらに関心をエスカレートさせた。のちに“劇場型”と呼ばれる現象の素地がここにあった。その象徴的な例が、代替わり直前に起きた「鬼熊事件」。それを導入の番外編として、連載時、反響が大きかった事件について、当時の人々がどう受け止めたのか、新聞報道を中心に見ていこう。
(「まえがき」より)
目次
CASE.0
鬼熊事件 大正十五(一九二六)年
代替わり目前、大正十五年夏の犯罪
CASE.1
岩の坂もらい子殺し 昭和五(一九三〇)年
三十人以上が無残な死……「スラムぐるみの衝撃的な犯罪」
CASE.2
天国に結ぶ恋 昭和七(一九三二)年
「純愛」と「猟奇」の狭間で──坂田山心中
CASE.3
翠川秋子の心中 昭和十(一九三五)年
日本初の女性アナウンサーが子どもの成人を見届けて失踪……その真意は?
CASE.4
日大生保険金殺人 昭和十(一九三五)年
「一億三千万円」の保険をかけ、父、母、妹が共謀……一家で息子惨殺の末路は?
CASE.5
阿部定事件 昭和十一(一九三六)年
愛の極致か変態か……伝説の女・阿部定
CASE.6
津山三十人殺し 昭和十三(一九三八)年
『八つ墓村』のモデルになった「世界記録」の大量殺人
CASE.7
チフス菌饅頭事件 昭和十四(一九三九)年
貢いで貢いで裏切られ……人々の同情を集めた「女医の復讐」とは?
CASE.8
父島人肉食事件 昭和二十(一九四五)年
戦争末期、離島でなぜ日本兵はおぞましい行為に走ったのか
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