高校で再会した結珠と果遠。でももう無邪気には話せない… 『光のとこにいてね』一穂ミチ――第2章立ち読み
第二章 前篇
S女の制服は、高等部になると途端にレベルが落ちる。
姿見の前で身だしなみのチェックをしながら、そんな「世間の声」を噛みしめていた。小等部はえんじ色のブレザーと同色のプリーツスカート、中等部は白地にグレーの襟のセーラー服とグレーのプリーツスカート、どちらも制服に憧れて受験する子がいるくらいには評判がよく、私も気に入っていた。
なのに、高等部は白い丸襟のブラウスに紺色のジャンパースカートで絶妙にださい。スカート部分は膝が隠れる丈でふくらはぎが太く短く見え、丈を詰めれば今度はぼわっとフレアなシルエットのせいでサイズの合わない子ども服を着ているように見え、どっちに転んでもいまいち。ブラウスの襟元だけ隠しボタンになっていて、上から校章を留める決まりなのもださい。二、三年生の中には、校章を付けずにボタンを開ける先輩もいるみたいだけど、悪い意味でかわいい丸襟がおしゃれの邪魔をする。制服のカタログに載っているモデル着用の写真でさえ魅力的に見えなかったから、着る側だけの問題じゃないと思う。
――急に野暮ったくなったわね。
ママはカタログをぺらっとめくるとすぐにリビングのテーブルに投げ出し、そんなことを言っていた。野暮ったい、本当にそう。「野暮ったい」という言葉自体の古くささ、だささがぴったりくる。
――男除けだって噂があるよ。
お兄ちゃんが口を挟んだ。
――清く正しいお嬢さまを守るためなんだってさ。シスターの服と一緒。
――嘘でしょう?
――まじでまじで。どんくさそうに見えるから、それはそれで悪いやつが寄ってきそうだけど。
ママはあの時、不自然なくらい大声で笑った。手のひらで覆われた口角はすこしも上がっていなかったりして、と思いながら、私も中途半端にへらへらしていた。
「結珠、ぐずぐずしてると遅刻するわよ」
一階からママに呼ばれ、私は「今行く」と答えて校章を第一ボタンの位置にあてがう。まっすぐに留めるのは案外難しく、小さな針先で親指の腹を刺してしまった。いた、とつぶやいて指をくわえる。血の味はほんの少しでも舌にびりっとくる。今つけるのは諦め、針を収めてスカートのポケットにしまった。
ダイニングに降りると、パパと私の前にはオムレツとサラダとトースト、それに数切れの果物とヨーグルト、これが毎朝のメニュー。パパはブラックコーヒー、私は紅茶。ママはいつも果物とヨーグルトだけで、私もママと同じでいいのに、と思いながらパンにバターを塗る。
「お弁当はあしたからでいいのね?」
「はい」
「もう高校生なんだし、弁当くらい結珠が自分で用意すればいいんじゃないのか」
パパの言葉に私は頷きかけたけれど、ママが「無理よ」と一蹴する。
「身支度整えるだけでこんなにもたつくんだもの。遅刻しちゃう」
始業時間にはかなり余裕があるし、もう三十分早起きするのも苦じゃない。でも私はママに言い返さなかった。ママが、本当は冷蔵庫の食材やキッチンのものを勝手に触られたくないだけだと知っているから。ママの統治下にあるこの家の中でも台所は特にデリケートなエリアで、卵ひとつ、お箸一膳だって勝手に使ったり動かしたりするとママは不機嫌になる。パパもお兄ちゃんもそんなことは知らないから気ままに冷蔵庫を漁り、自分が買ってきたお酒やおやつを突っ込むけれど、それを見るたびママの眉はぴくっと上がる。だから私は台所には極力近づかない。夜中にどうしても喉が渇いたら、洗面所の水を飲む時すらある。どんなに細心の注意を払って片づけても、ママはミネラルウォーターの減りやグラスを使った痕跡に気づき、縄張りを踏み荒らされた怒りを溜め込むだろうから。ママがぴりぴり張り詰めるのを感じながらお弁当を作るより、お手伝いひとつしない甘ったれた娘でいるほうがまし。
「……まあ、勉強も忙しくなるしな」
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