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穴のむこうに見える未来の頭文字はエフ――多和田文学を「重ね読み」してみた

穴のむこうに見える未来の頭文字はエフ――多和田文学を「重ね読み」してみた

文:岩川 ありさ (早稲田大学文学学術院准教授)

『穴あきエフの初恋祭り』(多和田 葉子)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『穴あきエフの初恋祭り』(多和田 葉子)

「鼻の虫」(初出「文學界」二〇一二年二月号)は、新型コロナウィルス感染症拡大のさなかにある二〇二一年に読み返すと、それまでとは異なる印象を抱く小説。ドレスデンの衛生博物館で、「体の中の異物」という展示が行われる。それを見て以来、鼻の中にいるという寄生虫「鼻の虫」に興味を惹かれた語り手の「わたし」は、携帯電話を梱包する工場の課長として、安全を管理する仕事をしている。職場のひとつである包装部をはじめ、「わたし」が住む海辺の町は生物の影が見えない無機質な場所。「わたし」は、そこで、「鼻の虫」のことを思い出す。生きものの気配が消えてしまったかのような街に住む中で、「一度彼岸花を眼にしてしまったら、夢幻に墓場を訪れる度にその花を無視することができないのと同じで、一度博物館に足を踏み入れた者はもう眼には見えない寄生虫を見て見ぬふりをすることはできない」という、「わたし」の言葉は重みを持っている。もちろん、寄生虫である「鼻の虫」と新型コロナウィルスを同一視することはできないし、新型コロナウィルス感染症拡大は、政府の対応、国際協調、科学的知見への信頼、人権や個人の私権の尊重といった要素と切り離すことができない問題だ。それでも、新型コロナウィルスによって、人間が「異物」というべきものたちとともに生きていたことが浮き彫りになったことは確かだろう。多和田は、二〇二〇年一〇月に開催された「朝日地球会議2020」で、生命誌研究者の中村桂子とオンラインで対談し、「つねに人間が住んでいる文化、文明というのが危機なのであるということを自覚して、それを忘れないで、それについて考えつづけることを可能にしてくれるのが文化」であると話した。新型コロナウィルス感染症拡大で、多くの人々が亡くなり、日々の生活が立ち行かなくなった人々もたくさんいる。便利さを求めるあまり過酷な労働環境をつくりだし、社会福祉や医療の予算を削り、新自由主義の経済体制へと舵を切ってきた政治そのものが問われているといえるだろう。「鼻の虫」の最後の方で、「甘い蜜のにおいのする植物に囲まれて眼を閉じて深く息を吸う。ああ、この香りは、どこかにもう一つの魂が存在している、そういう香りだ」という言葉がある。決して、楽観はできないが、それでも、「見て見ぬふりをすることはできない」無数のものたちと共に生きてゆくための社会や環境のつくり方を考えてゆくことはできるだろう。現状を包み隠さず明らかにする言葉、そして、社会や環境のあり方を話すための言葉が求められている。

「ミス転換の不思議な赤」(初出「文學界」二〇一四年三月号)を読むために、一九九九年に東京外国語大学で行われた国際シンポジウムでの多和田の言葉を参照したい。多和田は、「『言語』の二一世紀を問う」と題されたシンポジウムの報告の中で、「文字を聞くというのは、文字を見えなくしてしまうような聞き方をするのではなくて、逆に文字の身体を耳でとらえる聞き方のことです」(「文字を聞く」『境界の「言語」――地球化/地域化のダイナミクス』荒このみ・谷川道子編著、新曜社、二〇〇〇年、一一二頁)と述べている。そして、「同音異義語」について触れて、「ワープロが普及したおかげで、いろいろ変換ミスが起こり、これまで気がつかなかったことに、いろいろ気がつくようになりました。コンピューターのよいところは、なかなか人間には真似のできないような面白いミスをすることで、そのミスによって、言葉の隠された可能性が見えてくることです。これが最新技術のもたらす変化の中で一番意義のある面かもしれません。もちろん、新しい可能性に気がつくのは機械ではなくて人間のほうなので、ハイテクの世界でこそ、わたしたちはどんなポエティックなチャンスも見逃さないように、たえず耳を傾け、目を大きく開けていなければいけません」(同書一一八頁)と指摘している。ここで追究されている「同音異義語」の「変換ミス」こそ、「ミス転換の不思議な赤」の肝になる部分だ。「脳」の「司令局」という言葉の連なりは、「脳の死霊曲」となり、「魂」という言葉は「玉Cさん」と変換される。だが、「ミス転換の不思議な赤」は、多和田がこれまでにも追究してきた「魂」と「身体」をめぐる問題がさらに前景化した小説のように思えてならない。近代の科学では、身体のあり方を、脳や神経系、筋肉の動きなど、医学的な言葉によって表現することが多い。しかし、それだけでは説明がつかない「魂」の問題について考えずにはいられない。自分の中にあるようでいて、生きている間にも、「離魂」することがある「玉Cさん」。同じ美術部員ではあるが、登場人物の緋雁と語り手の「わたし」の間に成立していたのは、他者の内面をのぞくこともできず、他者になることができないという、交換不可能な二者の関係である。しかし、不意の出来事によって、緋雁の「魂」が身体から離れてゆく場面に遭遇した「わたし」は、緋雁のうちにあった「魂」が外在化する場面に出会ったことになる。倒れた緋雁の眼鏡を拾った「わたし」は、緋雁の身体の内側にあった「血」にも触れる。交換不可能な「わたし」と緋雁のあいだで、「魂」と「身体」のうちとそとが反転して滲み出し、「脳」の中の現象としてだけでは説明できない「魂」の存在が外在化する。言語によって知ることができるのはどこまでなのか。世界そのものに触れることはできるのか。「ミス転換の不思議な赤」にはその問いが鮮烈に描かれている。

文春文庫
穴あきエフの初恋祭り
多和田葉子

定価:726円(税込)発売日:2021年07月07日

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