小説はいつも時代が求めているものを映し出します。最前線で書き続けている作家の筆がとらえた現代の姿とは? 注目の新刊を紹介します。
『百花』川村元気
記憶という謎(ミステリー)に挑む、新たな傑作の誕生
「あなたは誰?」徐々に息子の泉を忘れていく母と、母との思い出を蘇らせていく息子。親子には忘れることのできない“事件”があった──。
『世界から猫が消えたなら』『億男』『四月になれば彼女は』で世に衝撃を与えてきた川村元気さん。
川村さんが次に小説のテーマとして選んだのは「記憶」でした。
そこだけ光がぽっと灯ったかのような黄色い表紙が印象的な装幀は鈴木成一さん、写真は鈴木理策さん。川村さんが「この写真しかない」と選んだ写真は、近くのものがぼやけ、遠くのものがくっきり映るという記憶の不思議さがそのまま凝縮された一枚です。
『長いお別れ』の中島京子さんも素晴らしい解説を寄せてくださいました。
待望の川村元気さんの最新文庫──涙と感動の渦に巻き込まれ、読後には温かいものが残る一冊をお届けします。
『トライアングル・ビーチ』林真理子
女のくすぶる性を描く傑作短篇集
林真理子さんといえば、ギネス世界記録を達成した「週刊文春」の連載エッセイや、「an・an」の連載エッセイ、また、『不機嫌な果実』、『白蓮れんれん』、『下流の宴』、最近では『小説8050』などの長編小説をイメージする読者も多いかもしれません。
しかし林さんは、『最終便に間に合えば』の収録作品で直木賞を受賞されたように、短篇の名手でもあります。
本書は80年代の隠れた名作『短篇集 少々官能的に』の新装版。元本の副題の通り、6篇の短篇は、それぞれ官能的な要素を持っています。
当時の単行本の担当者は、特に2篇目の「白いねぎ」は傑作だ、と太鼓判。
ぜひ林さんのプロの技を堪能ください。
『太陽と毒ぐも〈新装版〉』角田光代
“隠れた名作”と評されたあの本が登場
一見幸せそうな恋人たちにも、不意に微かな違和感や不信感が訪れる瞬間があります。あたたかな太陽の光が突然暗い雲に遮られるように――。
それぞれにクセのある、不完全な恋人たちの、キュートでちょっと毒のある11のラブストーリーは、どれも実に傑作揃いで思わず唸ってしまいます。
解説は大の角田ファンの芦沢央さんです。
「自分が何者かなんてラベルとは関係ない、もっと奥のほうにいる自分の欠片たちが口々に騒ぎ始める。この感情は知っている、この感情はここにもある、これは私のための物語だ、と。」と熱い解説を寄せてくださいました。
文句なしの面白さの中に、とてつもない哀しみが隠れていて、読後、しばらく呆然と立ち尽くしてしまう――そんな感覚を味わってみてください。
『穴あきエフの初恋祭り』多和田葉子
「私」の輪郭が揺らぐ時代のディスコミュニケーション
近づいたかと思えば遠ざかり、遠ざかると近づきたくなる、意識した瞬間にするりと逃げてしまうもの――。
十年ぶりに再訪したはずの日本(「胡蝶、カリフォルニアに舞う」)、重ねたはずの手紙のやりとり(「文通」)、何千何万年も共存してきたはずの寄生虫(「鼻の虫」)、交換不可能な私とあなた(「ミス転換の不思議な赤」)。
ドイツと日本の間で国と言語の境界を行き来しながら物語を紡ぎ、『献灯使』で全米図書賞(翻訳部門賞)を受賞するなど、ますます国際的な注目が集まる言語派の作家・多和田葉子さん。
「移動を続けること」が創作の原動力と語る著者が、加速する時代の速度に飲み込まれるように、抗うように生まれた想像力が鮮烈なイメージを残す7つの短篇集です。
時空が歪むような不思議な世界に、ぜひ身を投じてみてください!
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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