はじめは、たじろいだ。牧水の恋をさぐる俵さんの迫力に、である。牧水の短歌だけでなく、当時の手紙、研究者の文献を手がかりに、明治のおわりの恋愛の実態がどんどん暴かれてゆく。その執拗さは、芸能人の情事をおいかける記者のようであり、犯人のアリバイをくずす刑事のようでもあり、浮気をうたがう恋人のようでもある。なんだか僕まで追い詰められる気分になってくる。
けれども、よみすすむにつれ、「どうしてこの人はこんなに必死に恋愛をかんがえるんだろう」という疑問がわいてきた。この人、とはもちろん著者の俵さんだ。俵さんは、ご自身の体験さえ曝けだしながら牧水の恋に迫る。自分はこんな状況のときこんな歌をうたったから、牧水もきっとそうだろう、という具合に。その考察は容赦ないけれど、小動物を解剖する子どもみたいに、いきいきしている。よみおわったとき「牧水の恋」そのものが、ひとつの生き物のように感じられた。
もしかすると牧水も、自分の恋を、別個の生命体のように思っていたのかもしれない。牧水の短歌をよんでいると、このひとは自分の心を花や木や風や海みたいに眺めているんじゃないかと思うときがあるからだ。そうなると追う俵さんも追われる牧水も、命の不思議に引き込まれた似たもの同士ということになる。そもそも歌人とは、そういう人たちなのかもしれない。
さかいまさと◎1973年生まれ。宮崎県出身。俳優。主な出演作に「真田丸」「リーガル・ハイ」「半沢直樹」シリーズなど。著書に『文・堺雅人』『文・堺雅人2 すこやかな日々』『ぼく、牧水! 歌人に学ぶ「まろび」の美学』(伊藤一彦氏との共著)がある。
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