2018.09.29 インタビューほか

<俵 万智インタビュー> 恋は、いつ始まるのだろうか──

「オール讀物」編集部

『牧水の恋』

 
『牧水の恋』(俵 万智 著)

「高校時代に読んだ歌集の中でも、特に好きだったのが、岩波文庫の『若山牧水歌集』でした。まだ短歌を作ろうとして読んでいたわけではなく、普通の読書としてでしたけど、大学時代に短歌を作るようになり、実はかなり、牧水から影響を受けていることに改めて気づかされました」

 旅を愛し、酒を愛した、明治生まれの歌人・若山牧水。彼は自らの恋を題材にした名歌も数多く残している。


 白鳥は哀しからずや空の青
 海のあをにも染まずただよふ


 白鳥は哀しくないのだろうか。空の青色にも海の青色にも染まることなく漂っている……教科書にも多く採用されるこの歌を詠んだのは、牧水が二十二歳の頃。その胸の中を占めていたのは、美しい小枝子の存在だった。

「牧水の恋の歌というのは、かなりの部分が小枝子との恋愛から生まれてきたのは、以前からよく知られたことでした。特に二人が結ばれたと思われる、明治四十一年正月の房総半島根本海岸では、びっくりするほどの勢いで情熱的な作品が生まれています」

 二人きりの時間、二人きりの場所。世界の全てが恋人たちのためにあるという印象の歌ばかりだが、この旅には、何と牧水と小枝子以外の同行者がいた。

「大悟法利雄さんという、牧水晩年の弟子でもあった方が、『若山牧水新研究』の中で明らかにされたんですが、それを知って椅子から転げるくらいに驚きました。男二人と女一人の旅行っていったい――ワイドショー的な興味がきっかけだったんですけど、当時発表された歌や書簡を読んでいくと、ある事情が浮かび上がってきます。さらに、今日まで愛唱される名歌が生まれるにいたった過程を、垣間見ることができたのも大きな収穫でした」

 結局、二人の恋は実ることはなかったが、「この恋愛があってこそ、歌人・牧水が誕生した」ことは間違いない。

「あまりにドラマチックな出来事なので、最初は小説として書こうという構想もありました。ただ牧水も歌人だし、私も歌人なので、歌と歌の間をフィクションで埋めるより、短歌そのものを深く掘り下げていく方が、牧水にとって嬉しいのではないか。自分の身の丈にも合った、得意とする方法だと考えて、途中で方向転換したんです。短歌は短いものですけど、そこには色んなものがぎっしり詰まっている。牧水に興味のある人はもちろん、短歌や表現に関心のある人、そして恋愛に夢中な人(笑)も、歌と歌の間に込められたストーリーを味わってほしいですね」


たわらまち 一九六二年大阪府生まれ。八七年『サラダ記念日』刊行、翌年現代歌人協会賞。二〇〇四年『愛する源氏物語』で紫式部文学賞。〇六年『プーさんの鼻』で若山牧水賞。

こちらのインタビューが掲載されているオール讀物 10月号

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