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脱税や所得隠しの手口の詳細とは? ベテラン国税記者が様々な実例を詳細に解説!

脱税や所得隠しの手口の詳細とは? ベテラン国税記者が様々な実例を詳細に解説!

田中 周紀

『実録 脱税の手口』(田中 周紀)

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

『実録 脱税の手口』(田中 周紀)

「マネー警察」国税当局の正体

 さて、若き日の私が担当就任を切望した国税当局、通称「マネー警察」を統轄するのが、東京・霞が関の財務省ビル5階全体を占める国税庁である。約1000人の職員が働く同庁は所得税、法人税、相続税、消費税、酒税といった国税を適正に徴収するための司令塔の役割を果たすが、税務調査や徴収業務などの実動部隊を抱えているわけではない。

 実務を担うのは札幌、仙台、さいたま(関東信越局)、東京、名古屋、金沢、大阪、広島、高松、福岡、熊本、那覇の各都市にある国税局(那覇市は沖縄国税事務所)。全国の国税局の下に合計524税務署が置かれ、20年度現在、「本店」に当たる国税局に約1万2000人、「支店」に当たる税務署には約4万2000人の合計約5万4000人が働いている。

 このうちの3割弱に当たる約1万5500人を擁する東京国税局は、首都東京都と神奈川県、千葉県、山梨県を管轄する全国最大規模の国税局だ。本書で取り上げる脱税や所得隠しの調査の殆どは、同局が手掛けたもの。その実態を簡単に紹介しておこう。

 東京国税局の本局に置かれた調査部門は個人の所得税と資産税を担当する「課税第1部」、資本金1億円未満の中小企業の法人税と消費税、それに酒税を担当する「課税第2部」、資本金1億円以上の大企業を担当する「調査第1~4部」、裁判所の令状を取って問答無用で悪質な脱税者を強制調査・告発する「査察部」に分けられる。また、1都3県に置かれた84の税務署にはそれぞれ個人課税、資産課税、法人課税に関する調査部門が存在するほか、本局直轄の特別国税調査官(通称「トッカン」)が悪質性の高い事案の調査に当たる。

 こうした調査部門の中でも、87年に公開されて大ヒットした映画『マルサの女』の舞台となった査察部が突出して有名だ。当局内の隠語に過ぎなかった「マルサ」は瞬く間に一般化し、国民の大半が未だに「税務調査はすべてマルサ」と勘違いしている。だが調査の主体はあくまでも、基本的に納税者の同意に基づいて調査する税務署であり、課税部であり、調査部。査察部が取り扱う事案はむしろ、極めて悪質性の高いものに限られる。すべての税務調査をマルサが行うわけではない。

 ちなみにマスコミに登場する「申告漏れ」「所得隠し」「脱税」は、その意味するものが明確に異なる。「申告漏れ」とは単なる経理ミスなどから生じたもので、国税当局が意図的な税逃れではないと見做した事案。「所得隠し」とは意図的な仮装・隠蔽行為があったと認定され、懲罰的な意味を持つ税率35%(無申告の場合は40%)の重加算税を課された事案。そして「脱税」とは所得隠しの中でも特に悪質性が高いとして、査察部が検察庁に告発した事案を指す。つまり脱税は告発された事案だけに使われる用語なのだ。

実力の「リョウチョウ」

 東京国税局の調査部門の紹介に戻ろう。課税部には腕利きの調査マンを揃えた「資料調査課」というセクションがある。通称「料調(リョウチョウ)」。国税局の内部では「資料」の「料」の字にちなんで「コメ」と称される。職員の名称は「実査官」。税務署だけでは対応し切れない大口で悪質な事案を調査するが、査察部のように刑事罰を科すことが目的ではない。

 東京国税局では課税第1部の料調第1~3課に約120人、課税第2部の料調第1~3課に約110人が配属されている。課税第1部では料調第1課が所得税、同第2課が資産税、同第3課が国内に居住する外国人の調査を受け持つ。また、課税第2部では料調第1課が売上高50億円以上の大規模な法人の調査、同第2課が売上高20億~50億円程度の法人の調査と税務署の調査の指導・支援、同第3課が宗教法人など公益法人の調査を担当する。隠した所得が蓄財された証拠、通称「タマリ」が調査で見つかった場合、査察部に連絡して告発につなげるケースも頻繁にある。料調出身の国税OB税理士が解説する。

「料調の調査は納税者に予告して自宅や会社に行くのが基本ですが、予告すると帳簿や領収書を隠されたり、パソコンに入力した資料をUSBメモリーなどに移してパソコン本体から削除されたりするケースがあります。そうした隠蔽工作が予想される場合には無予告で乗り込むことが多く、現金決済中心のキャバクラやラブホテルなどの水商売は基本的に無予告調査です。調査に協力的でない納税者に対して、実査官は『税法に基づいて調査の必要がある』として資料提出を求めるのですが、納税者や顧問税理士とトラブルになるケースも珍しくありません」

 さらに課税部には料調のほか、縦割りの弊害を打破して調査の精度や効率を上げる目的で設置された「統括国税実査官」(通称「統実官」)が存在する。

 課税第1部の統実官は「重要事案」「電子商取引(電商)」「国際」「消費税」「資料情報」「情報」「富裕層」の7分野に分けられる。97年7月に設置された「重要(事案)統実」は、誰でも知っている企業経営者や芸能人などの超有名人をターゲットに、その有名人と関係企業などをセットにして調査するセクション。その調査情報は局内でも特定の幹部にしか伝えられず、結果も殆ど極秘扱いされる。また、20年度に設置された富裕層担当の統実官は、18年度からスタートした海外の税務当局との情報交換制度「CRS」(共通報告基準)が軌道に乗り、日本人富裕層が海外に保有している資産の監視体制が急速に整備されつつある実態を受けて新設された、国税当局にとって期待度大のセクションだ。

 課税第2部にある「広域」担当の統実官は01年の設置。全国の国税局間をまたぐ事案の調査を企画して実施に持って行くセクションで、全体で10人余りの小所帯だが、実際の調査には調査対象を管轄する税務署も参加する。

 資本金1億円以上の大企業の調査を担当する調査部では、日本を代表する大企業だけを調査する34人の特別国税調査官が調査第1部に配属され、資本金または出資金が40億円以上で、国税局長が特に指定した超大規模法人を定期的に調査している。ただ、本書が取り上げる事例には調査部が活躍するものが含まれないため、同部の紹介はここまでにさせていただく。

ナサケとミのマルサ

 本書で取り上げる17事案のうち、11事案は東京国税局査察部が東京地検特捜部に刑事告発したものだ。査察部は令状を携えて家宅捜索に入るが、脱税した疑いのある「嫌疑者」を自身で逮捕する権限は与えられていない。強制調査で入手した資料、通称「ブツ」や関係者の供述をもとに、所得隠しの手口や「タマリ」の存在を特定し、嫌疑者が住む都道府県の地方検察庁に告発するところまでが彼らの仕事だ。ちなみに嫌疑者とは国税通則法にある用語で、正確には「犯則嫌疑者」。刑事訴訟法の「被疑者」と同じ意味を持つ。

 告発を受けた各地検は、査察部の調査内容に基づいて嫌疑者を改めて事情聴取する。嫌疑者の大半は在宅起訴されるが、一部でも嫌疑を認めない場合や、認めたとしても所得隠しの金額が大きかったり、その手口が極端に悪質だったりした場合には逮捕されるケースもある。過去に査察部が告発した事案で起訴されなかったケースは、わずか数件に過ぎない。

 東京国税局査察部は内偵調査で情報を収集する第1~17部門、通称「ナサケ」(「情報」の「情」から)と、ナサケの情報をもとに強制調査を実施する第21~36部門、通称「ミ」または「ミノリ」(「実施」の「実」から)に分かれ、ナサケに約200人、ミに約180人の査察官が在籍している。

 ナサケの各部門は課長クラスの統括国税査察官を筆頭に9~18人で編成され、統括官1人、総括主査1~2人、主査1~2人、査察官6~13人という構成。総括主査以下が2班に分かれ、それぞれ5人前後で内偵に当たる。班ごとに20~30件の事案を抱え、そのうち告発に持ち込めそうな4~5件を優先的に調査している。常に銀行調査や張り込みなどで外出し、庁舎の自席に座っていることは基本的にないため、同じ部門でも班が違えば顔を合わせる機会は年に数回しかないといわれる。

 ナサケからミに事案を送ることを「嫁入り」と称し、料調や税務署からの連絡ではなく自力で端緒を発見した「自己開発事案」を年間1件嫁入りさせれば、その班はノルマを達成したと見做される。逆に2年続けて1件も嫁入りさせられなければ無能の烙印を押されるという。

 ナサケから嫁入りした事案を強制調査して検察庁に告発するミの各部門も統括国税査察官を筆頭に10~12人で構成され、統括官1人、総括主査1~2人、主査2~3人、査察官6~7人の構成。「タマリ」の隠し場所を探す技術や、嫌疑者らの供述調書を作成して公判に向けた証拠書類を作る技術が求められる。

 ただ、2010年代前半まで全国で毎年200件前後実施されていた強制調査は、景気の低迷や現場の調査能力の低下を背景にここ数年で急減している。19年度(19年4月~20年3月)の着手件数は全国で150件と、4年度前に比べて39件(21%)の減少。例年70件前後実施されていた東京国税局では52件と同19件(27%)減った。強制調査実施後、告発までに半年から長いもので2年以上かかるため、着手した年度内に告発まで漕ぎ着けられる事案は少なく、前年度に着手していた事案を告発するケースが大半だ。

 東京国税局の調査体制の概略はこれでご理解いただけたと思う。人間にとって命の次に大切なおカネを少しでも手元に残そうと企んだ結果、国税当局や特捜検察などに摘発された脱税者の人生はどのようなものだったのか。新聞やテレビが報じない税金事件の深層を、じっくり味わっていただきたい。なお、文中の敬称だが、実名表記の場合は原則として「氏」で統一した。登場人物の年齢は嫌疑者の告発・逮捕や、所得隠し・申告漏れの事実が報じられた時点のものとする。


(「まえがき 私はなぜ国税担当を志したのか」より)

文春新書
実録 脱税の手口
田中周紀

定価:1,078円(税込)発売日:2021年07月19日

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