サン・テグジュペリは『星の王子さま』で知られるフランスの小説家ですが、プロの飛行士でもありました。
航空連隊で操縦士として兵役につき、除隊後も郵便航空会社でパイロットとして働きました。また、パリ=サイゴン間の長距離飛行では、リビア砂漠に不時着し、奇跡的な生還をとげています。正真正銘の空の冒険野郎だったのです。
本書『最終飛行』は、サン・テグジュペリの最後の5年間(39~44歳)に焦点をあてて、飛行士としての波瀾万丈の冒険を描き、その人間性を生々しく浮き彫りにするものです。
1939年、ナチスドイツとフランスの戦争が始まったとき、サン・テグジュペリは40歳近い年齢にもかかわらず、最前線での偵察飛行の任務に身を投じます。しかし、まもなくフランスはドイツに屈し、ナチスの傀儡であるヴィシー政権が成立してしまいます。
サン・テグジュペリは除隊となり、自由な執筆活動を求めて、アメリカに旅立ちます。小説『人間の土地』がアメリカでベストセラーとなり、彼は人気作家になっていたからです。
アメリカでの生活はひどく派手で、金がふんだんに浪費され、女性関係も華々しく展開します。『星の王子さま』の作者は、わがままで、やんちゃですが、じつに魅力的な人間なのです。加えて、美人妻のコンスエロも恋多き女で、この夫婦のたがいに愛と嫉妬とエゴイズムをむき出しにした生活の実態に驚かされます。
しかし、悪妻コンスエロを『星の王子さま』の「薔薇」にしたサン・テグジュペリの心理の解明が冴えわたり、本書の読後、『星の王子さま』を読み返してみたくなること請けあいです。
とはいえ、アメリカで作家生活をしながらも、サン・テグジュペリの心は、フランスを解放するために飛行士として働くことを念じていました。彼は結局、偵察飛行に復帰するため、北アフリカのフランス航空隊基地へと向かうのです。
本書後半は一気に加速して、佐藤賢一ならではの冒険小説へと突入していきます。年齢制限ゆえに乗れないアメリカ製の最新鋭機ライトニングの操縦許可を得ようと、ありとあらゆる手段を駆使し、ついに搭乗に漕ぎつけたものの、着陸に失敗して搭乗資格剥奪へ。
しかし、それでも諦めず、不屈の闘志で再びライトニングに乗りこみ、地中海を縦断してフランス本土の偵察飛行に出るのですが……。
佐藤賢一は、サン・テグジュペリの人間性を、友情、女たちへの愛、文学的真実の探求など多面的に描きだします。だが、最終的にサン・テグジュペリを突き動かしたのは、純粋な行動への欲求でした。その意味で、文学研究者ではなく、冒険小説の名人が彼の人生を物語ることにはのっぴきならない必然性があったのです。本書を読んだあとでは、『星の王子さま』の作者の姿が完全に変わって見えることでしょう。
さとうけんいち/1968年、山形県鶴岡市生まれ。93年『ジャガーになった男』で小説すばる新人賞、99年『王妃の離婚』で直木賞、2014年『小説フランス革命』で毎日出版文化賞特別賞、20年『ナポレオン』(全3巻)で司馬遼太郎賞を受賞。
ちゅうじょうしょうへい/1954年生まれ。著書に『フランス映画史の誘惑』『人間とは何か 偏愛的フランス文学作家論』など。
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