時代の転換点というのは、いつも静かにあっけなくやってくる。
人類が誕生したのも、資本主義が生まれたのも、産業革命が起きたのも、インターネットが登場したのも、さらには携帯電話がスマホに移り変わったのも、サッカーのゴールシーンのように明確な歴史的瞬間があるわけではない。気づけば、いつの間にか王座が替わっていて、それが当然になっている。
しかし、今、我々が生きる2020年代の始まりは、後に「あれが歴史の転換点だった」と認識されるかもしれない。20世紀を支えた化石燃料型の経済が、気候対策型の経済へと一気にシフトした1年間として。そう思わざるを得ないほど、この1年間でこれまでの経済の前提を揺るがす大きなシフトが、あらゆる業界で同時多発的に動き始めている。
その一つの象徴的瞬間は、2020年10月7日に訪れていた。
米エクソン・モービルといえば、ガソリンスタンドの「エッソ(Esso)」「モービル(Mobil)」などを通じて、日本でも誰もが耳にしたことがある名前だろう。彼らは「石油の世紀」と言われた20世紀を、最も象徴する企業の一つだった。ジョン・ロックフェラーが創設し、かつて米国の石油の9割を握ったスタンダード・オイルを前身に持つエクソンは、20世紀を通じて、石油が「富と権力」の源泉となる中で、世界中の権益を独占してきた。
「セブンシスターズ」「スーパーメジャー」などの呼称で畏怖された国際石油資本の中でも常にトップに君臨したエクソンは、つい10年前まで、世界のすべての企業の中でもトップの時価総額を誇った。
だが、この日、そのエクソンがエネルギー界の王座から転落した。しかも、新たに時価総額でトップに立ったのは、ほかの巨大資本ではなく、誰も知らぬ地方のエネルギー企業だった。
その名はネクステラ・エナジー(NextEra Energy)、1925年に創業した米フロリダ州拠点のいわゆる地方電力の一つだ。従業員数は国際資本であるエクソンのわずか5分の1の約1万4900人に過ぎず、米国でさえその名を知る人は少ない。だが、ネクステラはこの20年、風力発電や太陽光といった再生可能エネルギー(再エネ)で全米を席巻し、この10年で株価を5倍近くにまで引き上げてきたのだ。
これは5年前はおろか、1年前でさえ考えられない出来事だった。誰しもが、代替エネルギーに過ぎなかった再エネが、エネルギーの王様である石油企業を捉える日がこんなに早く来るとは予想していなかったからだ。
実のところ、ネクステラの天下は、わずか数日で終わった。エクソンの陥落は、短期的には、新型コロナウイルスの感染拡大による石油需要の落ち込みを反映したもので、その後、ワクチン開発の進展から経済活動の再開を期待する投資家たちがエクソンを再び買いに走ったためだ。
しかし、これを一時的な「異変」と軽視することはできない。というのも、この10年強のトレンドを見る限り、かつて盤石を誇った石油企業の凋落と、再エネ企業の長期的な成長のコントラストは極めて鮮明だからだ。実際、2021年5月には、かつては再エネに否定的だった国際エネルギー機関(IEA)までが、気候変動対策の目標達成には、石油など化石燃料への新規投資を即刻やめ、2050年までに再エネを90%にしなければいけないとのロードマップを公表している。
つまり、今の気候トレンドを辿る限り、否が応でも再エネが本格的に石油を超える未来はやってくるということだ。
その証拠に、冒頭のような逆転劇は、世界の各地で起きている。例えば、イタリアでは、再エネ企業のエネル(Enel)が、半国営石油企業であるエニ(Eni)を時価総額で抜き、同様にスペインでも、再エネのイベルドローラ(Iberdrola)が石油・ガス企業のレプソル(Repsol)を捉えた。さらには、欧州全体でみても、北欧デンマークの再エネ企業オーステッド(Ørsted)が、エクソンと同じ「スーパーメジャー」の一角である英BP(旧英国営石油)を抜いた瞬間があった。
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