本書では、新たにエネルギー業界の盟主へと躍り出てきた企業たちを「グリーン・ジャイアント(再エネの巨人)」と呼ぶ。いずれも、世界のエネルギーが転換期を迎えることにいち早く気づき、10~20年前から再エネへと一気に舵を切った企業である。そして、今、ようやく時代が追いつき、彼らはすでに世界のエネルギー変革の主役となっている。
同じような逆転劇は今後、エネルギー業界にとどまらず、あらゆる領域で起きていく。なぜなら、もはや「脱炭素」の動きは各国の政治やイデオロギーの議論ではなく、すでに巨額の「マネー」が動く領域になってしまっているからだ。各国で、CO2排出権に価格をつける検討が始まり、世界のマーケットを動かす機関投資家たちは、気候変動への取り組みが足りない企業から資金を引き上げている。一方で、新たな気候対策イノベーションを促進するメカニズムが動き始める。その勢いは、2021年に入り米バイデン政権が誕生してから、世界中でさらにスピード感を増している。
本書は「グリーン・ジャイアント」の台頭を含め、近年、誰もが否が応でも耳にする「脱炭素」の最前線を、あらゆる角度から丁寧に読み解くことを主眼としている。少し目を通していただければ、政治、エネルギーだけでなく、金融システムに、イノベーション、若者のライフスタイルから、資本主義の再構築まであらゆる分野で、多くの日本人が思っているよりも、気候変動をめぐる一つの物語(ナラティブ)が共有され、もうとっくに動き始めていることが分かるはずだ。
今、世界が向かっているコンセンサス自体は極めてシンプルだ。目標は「産業革命前と比べ、平均気温の上昇を1.5℃以下に抑える」ことであり、そのために2050年までに「温室効果ガス(GHG)の排出を実質ゼロにする」(カーボンニュートラル)というのが、一つの大きな流れとなっている。
一番重要なのは、世界のナラティブでは、これはもはや「可能性の議論」ではなく、すでにあらゆる人間活動の前提になってしまっているということだ。もう5年以上も前から、欧州を中心に、政治、経済、金融システム、ライフスタイルまでがカーボンニュートラルを前提にした仕組みに再構築され、世界各地に広がっている。
これはあらゆる企業や組織にとって、既存ビジネスの延命がリスクになる一方で、逆に、この機会をいち早く捉えた者には大きな可能性が生み出されるということでもある。その象徴といえるのが、冒頭にも述べた「グリーン・ジャイアント」の台頭だ。
先述のように、本書は気候変動をめぐる啓蒙というよりは、あくまで日本ではあまり認識されていない世界経済の仕組みのシフトを丁寧に紐解いていくことを主眼に置いているが、その中で一つだけ、筆者からの視点として意識していただきたいことがある。
それは、冒頭でも伝えた歴史の転換点において、この20年間、日本は常に塗り替えられる側に位置しているということである。21世紀に入り、インターネット、スマホ、クラウドなど、世界を席巻するテクノロジーにおいて、日本は全くもって存在感を示せず、世界の時価総額ランキングトップ50に名を連ねる日本企業の数も、平成元年(1989年)は32社だったのが、2021年現在はトヨタ1社だけになってしまった。そのトヨタも、世界が電気自動車(EV)へと舵を切る中で、10、20年後も安泰とは決していえない。
電力でもそれは同じだ。日本は原発や、石炭・ガスの火力発電といった従来の発電を手掛けるメーカーこそ多数抱えるものの、今世界の主役に躍り出ている太陽光や陸上、洋上の風力における存在感はほぼゼロだ。太陽光にいたっては、1970年代の黎明期に、日本がそのイノベーションを支えてきたにもかかわらず、である(ビル・ゲイツは、このころの日本が果たした役割を今も繰り返し称賛している)。結果、「グリーン・ジャイアント」のような存在はおろか、それに準ずる存在さえ、日本からは登場していない。
世界の流れが加速する中で、日本では「結局またもや『欧米主導のルール作り』に無理やり乗せられている」という不満を聞くことも少なくない。確かに、そういう側面がないとは言い切れないし、もし日本が本当に独自のやり方を貫く覚悟があるならば、それはそれで一つの選択肢とさえ思っている。
だが、米国を拠点に活動して日々感じるのは、多くの日本人が思っているよりも、あらゆる生活の局面において気候変動対策が最も注目されるトピックになっており、それをこれからの世界を担うミレニアル世代、Z世代が支えているということだ。そして、彼らは気候変動をも「次なるイノベーション」につなげようとするあくなきパワーを生み出している。この流れは無視を決め込むにはあまりに大きなリスクであるし、何よりも、一度は日本からも「未来を作る側」の企業や人が出てきてほしい、という望みを持っていたい。
今から10年後に「知らぬうちに日本がまた一つ時代に置いて行かれた」とならぬよう、本書が一助になれば幸いだ。歴史の転換点は、いつの間にか過ぎているものなのだから。
(「はじめに」より)
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