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対談 石沢麻依×李琴峰 特殊性と普遍性の狭間でもがく

対談 石沢麻依×李琴峰 特殊性と普遍性の狭間でもがく

文學界11月号

出典 : #文學界
ジャンル : #小説

「文學界 11月号」(文藝春秋 編)

  石沢さんが芥川賞の記者会見で「絵画の記述描写を練習してきた」とおっしゃっていたのを記事で読み、まさにそれが生きているなと思っていました。読みやすい小説では決してないので、ゆっくり味わわないといけない。読みにくいって、欠点では決してない。小説あるいは文学表現はそもそも色々なものを内包しているし、映像や画像とは違って、文字だけで情報を伝えようとしているから、芸術的な表現を求めようとするとどうしても読み難さが出てくる。ある種の読者はすらすら読める小説を求めるんですけれども、でもそれだけが文学の全てではない。例えば、『貝に続く場所にて』で葉っぱの隙間からこぼれる光を、「蜂蜜の透明感と粘りを湛えて流れ込み、この午後の時間や場所ごとそのまま琥珀の中に閉じ込めようとしていた」と描写するところ。こぼれ落ちる光を、まず蜂蜜というものと結びつけて、さらにはその透明感と粘りというものを持ってきて描写している。ひたすらそういう描写に浸りつつ、その才能に打ちのめされながら読んでいました。

 石沢 ありがとうございます。李さんにそう言っていただけると、少し自信が出ます。李さんは空気というか気配を書くのがとても上手ですよね。ちょっとした言葉で、すごく柔らかく、触ろうと手を近づけてふと止めるような躊躇いや揺らぎの気配を書いている。小説のテーマとしては力強いですが、描写自体はすごく繊細。人工物の繊細さじゃなく、植物的な、しなやかでも決して折れないイメージがあります。あとは、夜の描写がすごく美しいですね。視覚的なものが隠されて、沈んで見えないからこそ、においや音や気配が浮き彫りになる。それを拾い上げて、浮かび上がらせていくのが李さんの描写の力だと思っています。

■距離と特殊性

  石沢さんが今回の小説の中で書いているような、距離を測りかねる感覚の書き方もとても繊細だと思いました。記憶との距離、あるいは幽霊となって戻って来た人との距離。どう測ればいいか分からないものを書かれていますよね。

 石沢 距離って、実はとても大事なものではないでしょうか。見えないのに、肌身にじわりとまといつく生々しいものとしての距離。特にコロナ禍になってから、インターネットなどで自分と他のものの距離を無理に押し広げたり、距離があるからこそ捉えにくいものを軽んじたりする傾向が強くなっているように思われます。自分から無遠慮に相手に踏み込んでいくのに、人が踏み込んでくることを嫌がる人たちが多いのかもしれません。今回、震災について書きましたが、こんなにも時間が経って、いまさら書く意味があるのか、と考える人もいるでしょう。でもそういう言い方自体が、既にそれを過去のものと片づけ、単なる主題としてしか見ていない。主題ではあるけれども、それだけに収まらないものが常にある。だから、自分と何かの間に常に横たわる距離と、その認識が反映される距離感について見なおさなくてはならないと、書きながら思っていたんです。

  とても同意します。石沢さんの作品を「震災を描く」という大きなくくりで語られることが多いと思いますが、それはテーマではあるけれども、それに留まらないものがあるから書かずにはいられないのだろうと思います。私はセクシャル・マイノリティの人たちを書いてきたんですけど、そうすると本当に毎回、「同性愛が題材ですけれども」と言われる。題材だけれども、本当に書かなければならない現実や切実なものがあるから、書いている。そこはテーマや主題でくくってほしくないなという思いはありますね。

 石沢 震災文学だったりLGBTQ文学だったり、名前は必要でしょうけど、名前だけにとどまってしまうと、その枠組み以外の部分は切り取られ、作品から汲み取られるものも減ってしまいますよね。


り・ことみ 一九八九年、台湾生まれ。二〇一七年「独り舞」で群像新人文学賞優秀作を受賞し、デビュー。二一年『ポラリスが降り注ぐ夜』で芸術選奨新人賞、「彼岸花が咲く島」で芥川賞を受賞。他の著書に『五つ数えれば三日月が』『星月夜』がある。

いしざわ・まい 一九八〇年、宮城県生まれ。東北大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、ドイツ在住。二〇二一年「貝に続く場所にて」で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。同作で芥川賞を受賞。


 

この続きは、「文學界」11月号に全文掲載されています。

文學界 (2021年11月号)

文藝春秋

2021年10月7日 発売

単行本
彼岸花が咲く島
李琴峰

定価:1,925円(税込)発売日:2021年06月25日

プレゼント
  • 『池田大作と創価学会』小川寛大・著

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    応募期間 2024/2/16~2024/2/23
    賞品 『池田大作と創価学会』小川寛大・著 5名様

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