家族の中で、配偶者だけ血が繫(つな)がっていない。
子どもの頃から、それを、とても素敵なことだと感じていました。
親も、子どもも、祖父母も、孫も、いとこだって血が繫がっているのに、パートナーだけは永遠に違う。ただ、想いが繫がっているというだけで、ずっと、一緒に暮らしてく。それは何てロマンチックなことなのだろうと思っていました。
昔から、根拠がある絆より、根拠がない絆の方が美しいと、考えていたのかもしれません。
本作には【新生児の取り違え】という主題があります。
同じテーマの映画を見たことをきっかけに、題材にしたいと考えるようになりました。映画では両家の親が主人公でしたが、見終わった後、子どもたちを主人公にして書いてみたいなと思ったのです。それが今から五、六年ほど前の出来事でした。
才能とは遺伝子で決まるのか、それとも環境で決まるのか。
そんなことを考え始め、当初はサッカー選手とその息子を主人公にして、プロットを組みました。理由は単純で、私がサッカーを愛しているからです。しかし、どうにも納得のいく物語を編めず、数年間放置することになりました。
スポーツ選手を主人公に据えると、必要以上に遺伝的な要素が重要になってしまうため、描きたい感情との間に齟齬が生まれてしまうからだったのかもしれません。何しろ配偶者だけ血が繫がっていないってロマンチックだよね。というのが思想の根本にありましたので。
主題、そして、核になるアイデアは決まっているのに、物語に相応(ふさわ)しい舞台が見つからない。どうしよう。
そんな悩みを抱えている期間に、『盤上(ばんじょう)に君はもういない』という将棋小説を書きました。遺作にしたいと思うくらい気に入っている本で、単純に、書いていて本当に楽しかった小説でもありました。あまりにも楽しかったものだから、もう一度、将棋小説を書きたいと、発売前から思うような有様でした。
そして、ふと思いついたのが、女流棋士(きし)と奨励(しょうれい)会員の親子を主人公にするというアイデアでした。
奨励会員とは棋士を目指す若者たちです。『盤上に君はもういない』は、史上初の女性棋士を目指す物語なので、奨励会時代も描いているのですが、三段リーグ(四段で棋士です)から小説が始まるため、彼らの葛藤(かっとう)や戦いを深い部分まで掘り下げられていません。女流棋士についても同様です。
女流棋士の母たちを主人公にした第一部。
棋士を目指す、その息子たちを主人公にした第二部。
もう一度、どうしても書きたかった将棋の世界に、温めていた主題とアイデアを溶かし込み、この物語の大枠が完成しました。
『盤上に君はもういない』発売後、「オール讀物」にインタビューを載せて頂く機会がありました。少し後の号で「将棋を読む」という特集が組まれた際には、「わたしの偏愛棋士」というエッセイの執筆者として、お声かけ頂きました。
二つの案件でやり取りしながら、この編集者さんも将棋を愛している。そして、とても棋界にお詳しい。出来たら一緒に仕事をしてみたい。このプロットを、この方に……と思うようになり、十二年の作家人生で初めて、自分から「あなたに読んで頂きたいプロットがあるのです」と、お伝えすることになりました。私はラブレターを渡した経験がないのですが、恐らく、そのような気持ちでした。
幸運にも良い反応を頂き、打ち合わせを経て、ブラッシュアップを進めることになりました。
そして、これは、ちょっと本当に、びっくりするくらい面白いプロットが作れた気がする。書きたい。私は、これを、書きたい……! と、気持ちが最高潮に達したタイミングで、担当について下さった件(くだん)の編集者さんが、(東京オリンピックの直前に)Number編集部に異動になってしまいました。衝撃の展開でした。半年で二〇二一年のサプライズ・オブ・ザ・イヤーが確定してしまいました。
そんなこんなで幾つかの事件があったのですが、ありがたいことに、再び手を挙げて下さる編集者さんたちと巡り会い、今、自分はこの場にいます。
一期一会を繰り返し、ついに発表の場を得ることが出来ました。
長く書きたいと願い続けた物語です。
この素敵な場をお借りして、誠心誠意、綴っていきたいと思っています。
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