本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
岩井圭也インタビュー「揺れる香港で、人生を掴み取る。『水よ踊れ』は、未来を創り出すために書いた物語です」

岩井圭也インタビュー「揺れる香港で、人生を掴み取る。『水よ踊れ』は、未来を創り出すために書いた物語です」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

『水よ踊れ』(岩井 圭也/‎新潮社)

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

『水よ踊れ』(岩井 圭也/‎新潮社)

 二〇一八年に『永遠についての証明』でデビューし、五作目となる本作で初めて海外を舞台に物語を紡いだ。それも、「本土回帰」を前に揺れ動く、一九九六年の香港に切り込むという挑戦だった。

「小学生の頃にニュースで『香港返還』という言葉を知って、強烈な違和感を覚えました。ひとが暮らし、営みを重ねてきた街が、国家間でモノのように貸し借りされるってどういうことなんだろうと。大人になって小説を書き始めてから、その記憶がどうにも疼くようになって。この違和感に決着をつけねばと、小説で取り上げることを決めました」

 折しも二〇一九年の香港では、「逃亡犯条例」の改正案に反対する一〇〇万人デモなど圧政への不満が渦巻いていて、いま書くなら、現代のそうした状況をも取り込まないと甲斐がないと考えたという。作家として、より大きなテーマに挑みたいという野心もあった。

「これまで僕は、自分の才能に翻弄される主人公や、家族や友人との関係に思い悩む十代の姿を好んで描いてきました。でも自分自身、社会人としての経験も積み、ひとは社会との繫がりのなかで生きているんだと実感するようにもなった。いまなら『個』対『個』だけでなく、『個』対『社会』の関係まで広げて描けるのではないかと」

 そこで生まれた主人公が、日本からの留学生・瀬戸和志だった。和志は十七歳までの四年間を香港で過ごし、初恋の少女・梨欣と不本意な別れを経験する。梨欣はビルの屋上から転落し、和志の目の前で亡くなった。その死は殺人だったのではないかと疑いながらも、両親の意向に逆らえず日本に帰国した和志は、二十歳になってもう一度、真相を究明するため香港へと戻ってくる。

 梨欣の死と切っても切り離せないのが、悪名高き香港名物「天臺屋」だ。人口過密都市香港において必要悪ともいえる、ビルの屋上に並ぶバラックの「スラム街」である。

「良くも悪くも過剰な都市・香港と、その地からはみ出すように、あるいはしがみつくようにして生きている人々。彼らの実態を描くためには、建築というアプローチが有効ではないかと考えました。主人公は香港大学建築学院へと留学し、格差をそのまま映し出したような街の姿や病理に触れ、考え方が変わっていきます」

 苦労しらずのお坊ちゃんとからかわれていた和志は香港に戻って来て、中国本土から香港へと逃れてきた密入境者や、ベトナムからの難民など、寄る辺なき人生を送る人々の苦悩を知る。そこから這い上がることの途方もなさや、国家が迷いなく強権を発動する地で自由を貫くとはいかなることなのか、そもそも、ひとは生きる国を自由に選ぶことができるのか――そうした根源的な問いと向き合い、いつしか自分なりの答えを出す覚悟を決める。

「高すぎる壁にぶつかったとき、どんな解決策を思い描けるのか。僕自身もその答えをずっと探し続けてきて、ある時、『第三の視点』を見つけ出すというのはどうだろうと思うようになりました。正面突破できるなら、もちろん頑張りたい。でも、難しい。かといって逃げ道もない。そんな時に、第三の視点や選択肢というものが見つけ出せたら、ゴール自体を新たに設定し直せるのではないかと」

 根底には、本書のタイトルにも繫がる「Be water, my friend.(水になれ、我が友よ)」精神がある。

「『水になれ、我が友よ』はブルース・リーの名言であると同時に、香港の民主化運動において近年、人々を繫いだ言葉でもあります。水のようにしなやかに、一箇所に集わずに抗議活動を展開すれば、運動を当局に潰されることもない。リーダーの号令に従うのではなく、SNSで繫がりながら、一人ひとりが自由にメッセージを放つというスタイルはとても有機的で、これこそ未来をクリエイトする聡明な振る舞いではないかと感じました。

 コロナ禍にあってこの二年、日本でも急速に政治への関心が高まりました。それは政府の判断が自分たちの生活を一変させるということがいやがおうでも認識されたからですが、そうした状況下でただ嘆いていても社会は変わらない。この経験を、僕たちは未来に生かすことが出来るのか。香港の人々が獲得し得た柔軟な思考をお手本に、突破口は必ずあるという信念を持ち一歩を踏み出すためにも、『第三の視点』を探し続けたい。この作品は、そんな、僕自身の決意が詰まった一冊でもあります」


いわい・けいや 一九八七年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。二〇一八年「永遠についての証明」で第九回野性時代フロンティア文学賞を受賞し、デビュー。
学生時代は剣道と生物学に打ち込み、現在はライフサイエンス系の仕事に従事しながら執筆に励む。他の著書に『夏の陰』『プリズン・ドクター』『文身』がある。

水よ踊れ

 

新潮社

2021年6月17日 発売

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版40号 (2021年11月号)
文藝春秋・編

発売日:2021年10月20日

ページの先頭へ戻る