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あのクールビューティな名探偵、緋色冴子が帰ってきた!

あのクールビューティな名探偵、緋色冴子が帰ってきた!

文:佳多山 大地

『記憶の中の誘拐』(大山 誠一郎)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『記憶の中の誘拐 赤い博物館』(大山 誠一郎)

 第三話「死を十で割る」

 被害者男性の死体は、十個の部位にバラバラにされていた。首と胴は離れ、両腕は肩口と肘のところ、両足は股(もも)と膝のところでそれぞれ切断されている。何の因果か被害者の妻は、夫の死体発見の前日、電車に飛び込んで非業の死を遂げており……。

 死体がバラバラにされるのは大抵、非力な者がそれを遺棄しやすくするため。しかし胴体部分を運べるだけの力があるなら、腕や足をわざわざ二分割する必要はなかったはずである。事件解決の焦点は、死体をバラバラにした理由探し(ホワイダニット)。人は、利己的に振る舞うときよりも、利他的と信じて行動するときのほうが残酷になれる生き物だ。

 第四話「孤独な容疑者」

 今から二十四年前、商社マンだった「私」は少なからぬ金を借りていた同僚男性を殺害し、まんまと罪を逃れた。犯行後、偽のダイイング・メッセージを残して、警察の捜査を混乱させたことも功を奏したようで――。

 第一話「夕暮れの屋上で」と同様、冒頭のプロローグ的な「1」章に巧妙な罠(ミスディレクション)は仕掛けられている。物語の中盤、きっと読者は混乱するだろう。突発的に同僚を殺めた「私」に、なぜかアリバイが成立していることに。第二話「連火」もそうだが、事件の陰(かげ)に事件あり、というのは作者の作劇上の得手のひとつといえる。

 第五話「記憶の中の誘拐」

 五歳の少年が人質に取られた営利誘拐事件が発生! ところが、なぜか犯人は途中で身代金五百万円の受け渡しを放棄し、人質を解放した。なおも捜査を続ける警察は、容疑者の「白い車の女」が、少年の“生みの親“だったと断定し……。

 少年の養父母が身代金の運搬役に指名された誘拐事件について、読者はまず助手の寺田青年と一緒に疑問点探しをする愉しみがある。実の母が、一度は捨てたわが子を連れ去ったのは、本当に金が目的だったのか? 幼少のころの曖昧な記憶を探るこの短篇をしたためるのに、おそらく作者は連城三紀彦の傑作「白蓮の寺」(一九八〇年刊『戻り川心中』所収)を意識したはずである。どちらの作品も、最後にくっきりと、もの狂おしく浮かび上がるのは、生母の生々しい実像だ。

 

 ――思うに、大山誠一郎はずっと、ミステリにおいて濫用が戒められてきた偶然なるものの効用にこだわってきた作家だ。然(しか)してそのこだわりは、この〈赤い博物館〉シリーズ第二集でひとつの達成を見たと評していいだろう。本書において〈偶然〉は、謎を生み出すエンジンとして機能し、プロットの要になっている。清掃業者が屋上の声だけを偶然漏れ聞いたこと。放火魔が自分の待ち人を探すのに、偶然にも相応しい職業に就いていたこと。ひと組の夫婦の、夫が殺されるのと妻が自らを殺すタイミングが、偶然接近してしまったこと。殺人の被害者が殺される直前に偶然、右肩を捻挫して痛めたこと。攫(さら)われた少年の養父が偶然にも開業医であったこと……。代表作と目される『密室蒐集家』にせよ、当シリーズ第一集『赤い博物館』にせよ、犯人が弄するトリックの成立のため都合よく偶然が働いたり、またそのために人の動きが不自然に見えるきらいがあったが、この『記憶の中の誘拐』にはそうした無理がなく、偶然の利き目から人の隠れた妄念こそが浮き彫りになるのだ。

 人生を〈偶然〉が手引きする。――いや、人の一度こっきりの人生で起こることは、どれほど信じがたいようなことであっても、起こる者の身にとっては残酷だが〈必然〉の出来事と受けとめざるをえないのではないか? そのとき、それを〈運命〉だと捉えることは、すでに狂気に傾いているのかもしれない……。ヒロインの緋色冴子もまた“犯罪の象牙の塔”に運命的に囚われた者のようであることを思うと、彼女がこのシリーズ第二集で毎回出掛けていたのは自分に似た人に会うためだったのではないだろうか。

文春文庫
記憶の中の誘拐
赤い博物館
大山誠一郎

定価:836円(税込)発売日:2022年01月04日

文春文庫
赤い博物館
大山誠一郎

定価:858円(税込)発売日:2018年09月04日

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