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追悼 石原慎太郎 最後まで憂慮した子孫たちの未来

追悼 石原慎太郎 最後まで憂慮した子孫たちの未来

文:文春新書編集部

『日本よ、完全自立を』(石原 慎太郎)


ジャンル : #ノンフィクション

 芥川賞作家として、そして東京都知事や環境庁長官として知られる石原慎太郎氏が、2月1日、89歳で亡くなった。数多くの著作を残した石原氏だが、2018年に刊行した衰退する日本への警告の書『日本よ、完全自立を』(文春新書)には、実体験に基づく直言が数多く綴られている。その中の一編「地球はどうなる」をここに紹介する。


『日本よ、完全自立を』(石原 慎太郎)

 本来梅雨のないはずの北海道にまで豪雨が降り、西日本の各地は連続豪雨のもたらした災害で瀕死のありさまだ。日本中で体温を越す猛暑が続き多くの人が死ぬ有様は画期的な惨状、これはとてもただの異常気象として片付けられぬ現象だ。日本だけではなしに世界の各地で見られる事態で地球全体が狂ってきているとしか言いようがない。

 今年に入ってからの気象の異変を眺めると私は四十年前に東京で聞いた、ブラックホールの発見者の天才宇宙学者ホーキングの講演を思い出さずにいられない。

 彼はあの時この宇宙には地球並みの文明をそなえた生命体の存在する星は二百万ほどあるがその大方はすでに姿を消してしまった。それは今の地球並みの文明が進むと自然の循環が狂ってきて生命体の存在は長続きせず、そうした星は宇宙時間にくらべればほとんど瞬間的に自滅してしまうと言ったものだった。そこで私が宇宙時間に比べれば瞬間的とは地球時間で言えば何年くらいですかと質問したら、彼は言下に『およそ百年』と言い切ったものだった。

 彼は天才ではあっても神様でありはしないが、しかし同じ人間ながら天才を備えた者の予測と予言を私としては今地球にまぎれもなく起こっている現象を目の辺りにして強く思い起こさぬ訳にいきはしない。

 私はこの夏いきつけの伊豆七島にダイビングに行き水温の高さに驚かされたが、海水の温暖化による海の膨張と気化した海水は空にたまり豪雨となって降り注ぎ世界中で水害を引き起こし、膨れ上がった海は地球の自転の遠心力によって赤道に近い島々を浸食し、ツバルやフィジーのような島国は水没の危機にさらされている。私が訪れた砂州国家のツバルの人々は為す術もなしにマリファナを吸って恐怖をしのいでいた。それを目にして私は何十年か前に取材に出かけて目にしたベトナム戦争の最中恐怖と空しさを紛らわす為にマリファナを吸いまくっていたアメリカ兵達を思いだしていた。

 脳天気なアメリカ大統領のトランプは世界の言う温暖化はデマだとほざき、温暖化防止のパリ協定を無視してかかる。豪奢なトランプタワーに居座り、国の商売と金儲けしか考えられぬ男に世界が見える訳もあるまいが。このまま進んでアメリカが地球の破綻を防ぐ為に何もせず腕をこまねいて過ごしたなら、彼は人類の破滅を手も貸さずに見送った重罪犯人として歴史に登録されるだろう。

 北極海の氷は温暖化によって激減し白熊は生きるところを失い、氷の消滅によってやがて大西洋は遥か北の海域で水路を開かれ太平洋に繋がると言う。

 さればあの遥か北の海の底に眠る資源の開発に意欲を燃やす関係国達はこの今から新しい競争に立ち上がろうとしているが、そこで満たされる物欲が人間達に一体どれほどの何をもたらすと言うのだろうか。

 私はこの今になって初めて勤めた環境担当の大臣として、嫌がる官僚達の反対を押し切って訪れた九州の水俣で目にした水俣病の患者達の惨状を思い出している。

環境庁長官として水俣を訪れる(1977年)。写真:文藝春秋写真部
水俣病視察では患者宅にも訪問している。 写真:文藝春秋写真部

 経済の発展に託した人間達の物欲が、文明発展と言う輝かしい看板の下でいかなる犠牲を我々自身に強いてきたことだろうか。

 西日本を恐怖にさらした異常気象のもたらした惨事を契機に、私達は自分自身よりも更に愛おしい子孫達の為にもっと大きな視野で空を眺め、海を眺めなおす必要があるのではなかろうか。この地球を守り抜くために。

(初出「石原慎太郎公式サイト」二〇一八年七月)

文春新書
日本よ、完全自立を
石原慎太郎

定価:935円(税込)発売日:2018年10月19日

電子書籍
日本よ、完全自立を
石原慎太郎

発売日:2018年10月22日

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