2023年の中学入試で、寺地はるなさんの短篇集『タイムマシンに乗れないぼくたち』が出題されました。出題されたのは、浦和明の星女子、栄東(どちらも埼玉)、麻布、渋谷教育学園渋谷(どちらも東京)など。
表題作は、転校先に馴染めない小学6年生の男の子が、毎日のように通う博物館で男性と出会い、心を通わせる姿を描きます。作者・寺地はるなさんのインタビューを再掲載します。
「以前から短篇小説を読むのが好きでした。短い中に世界観がぎゅっと詰まっていて、すごく贅沢ですよね。独立した短篇集を出すのは初めてですが、短篇を書きたいという気持ちは常にありました」
そう語る寺地さんの最新刊『タイムマシンに乗れないぼくたち』は、7篇を収録する短篇集。人知れず居心地の悪さや寂しさを抱える人々を、鮮やかに、ときにユーモラスに描く。
「孤独って、誰かと一緒にいるから紛れるものでもないと思うんです。一人で感じる孤独もあれば、家族と一緒にいてもふと孤独を感じる瞬間もある。いろんな種類の孤独があって、でも、どちらがより上だとか、レベルを決められるものではないですよね。なので、孤独な人を描いても、なるべく似た内容にならないように気をつけました。編集者に送らなかった原稿も結構あって、実際にはこの倍の量は書いていますね」
「コードネームは保留」は“自分は殺し屋”という設定を生きることで、味気ない日々をこなす女性が主人公だ。
「これまではずっと“思い惑う人”を書いてきたので、今回は、その先を書きたかったんです。それで、他人から見たら馬鹿馬鹿しかったり、立派な方法ではなくても、自分なりのルールに沿って逞しく生きる人を書きました」
「灯台」は、いい人ゆえに周囲に都合よく扱われてしまう男女を描く。
「小説などでよく“主人公の友達”というポジションで便利に使われがちな感じの人が、本当はどんな気持ちなのか、そんなことを考えながら書きました。どんな関係であっても、依存したり利用したりすることはゼロではないと思うんです。でも、あまりに利用されてばかりだと時々耐えられない瞬間があると思うので」
登場する人が感じている孤独は様々だが、寺地さんはそのすべてに寄り添うように、心が軽くなる瞬間を掬いとる。表題作は、新しい街に馴染めず毎日のように博物館を訪れる少年が、同じく博物館の常連の男性と、心を通わせるひと時を描いた。
「この話は、最後どうなるのか自分でもわからないまま書いたのですが、いいラストになったと思います。一人でいることも、誰かと仲良くなりたいと思うことも、どちらも否定しない。そんな関係を描きたかったんです」
中学生の少女に「きみ」と語りかけるように書かれる「深く息を吸って、」は、自身のエッセイが元になったという。
「自分の中で一番大切な記憶について書いたエッセイでした。十代の頃、リヴァー・フェニックスに憧れていたのですが、『付き合えるわけでもないのに』とからかわれて傷つきました。“推し”という言葉が生まれる以前は、憧れる気持ちが全て恋愛感情に結び付けられがちで、窮屈だったなと思います。
彼が出ている映画のチラシを見ながらどんな内容か想像していたというのも実話です。私は35歳で小説を書き始めたのですが、それをコンプレックスに感じていて。書き続けてきた年月の短さに引け目を感じるというか……。でも、このエッセイを読んだ編集者から、『たとえ文字にしなくても、チラシから物語を想像するのは物語を編んでいたということですね』と言われて、嬉しかったですね。
他の短篇が百人に一人に届くとしたら、この短篇は千人に一人にしか届かないかもしれない。でも、届く人に届いたらいいなと思っています」
てらちはるな 1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年、『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。 20年、『夜が暗いとはかぎらない』が山本周五郎賞候補作に。令和2年度 「咲くやこの花賞」 (文芸・ その他部門) 受賞。21年『水を縫う』が吉川英治文学新人賞の候補作となり、河合隼雄物語賞を受賞。『大人は泣かないと思っていた』『雨夜の星たち』『ガラスの海を渡る舟』 など著書多数。