別冊文藝春秋

『コードネームは保留』寺地はるな――立ち読み

文: 寺地 はるな

電子版29号

「別冊文藝春秋 電子版29号」(文藝春秋 編)

 コードネームが必要だった。南優香という戸籍上の名前ではない、友だちからつけられたあだなでもない、ペンネームでもラジオネームでもなく源氏名でもウェブ上の名前でもなく、コードネームだ。殺し屋にはコードネームが必要だ。

 殺し屋。暗殺者。アサシン。刺客。なんでもいい。どうせ実際に殺すわけではない。設定としての殺し屋になる。そう決めたのだ。

 どうせならばかっこいいコードネームがいい。強そうで、冷酷そうな感じがいい。たとえばそう、デス・クロコダイルみたいな。あるいはレッド・スティングレイみたいな。いやそれはかっこよくない。むしろすこぶるださい。なし。今のなし。

 なしなし、と呟きながら、わたしは手帳に「コードネーム:保留」と書きこむ。それについては「これぞ」というものが見つかったらでいい。

 午後の始業、五分前を告げる曲が流れ出したから、いそいで手帳を閉じた。

 だんだんたのしくなってくる~ ドレミファ藤野音楽堂~♪

 入ったばかりの頃は、この曲が流れるたびにクソださい会社に入っちゃったなと胃がしくしく痛んだ。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版29号(2020年1月号)文藝春秋・編

発売日:2019年12月20日


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