- 2022.03.18
- 書評
少女たちの夢と怒りをパワフルに描く鮮烈な書
文:北上 次郎 (文芸評論家)
『里奈の物語 疾走の先に』(鈴木 大介)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
すごいなあ。再読してまた唸っている。
本書単行本の刊行は、奥付記載が二〇一九年の十一月三十日だ。この小説を本の雑誌二〇二〇年二月号で取り上げた私はその末尾に、次のように書いた。
「著者は『最貧困女子』『家のない少女たち』などのノンフィクションを書いてきた作家で、本書が初の小説ということだが、こういう傑作がいきなり飛び出してくるから油断できない。二〇一九年の掉尾を飾る傑作だ。もう少し早く出てくれば、二〇一九年のエンターテインメント・ベスト10の上位にランクインしたのは必至」
そうなのである。二〇一九年は、横山秀夫『ノースライト』、宇佐美まこと『展望塔のラプンツェル』、足立紳『それでも俺は、妻としたい』、小野寺史宜『まち』など、強い印象を残した傑作が目白押しだったが、こういう傑作に伍して上位に食い込んだと思う。今からでも遅くはないので、未読の方はこの文庫化を契機にぜひお読みいただきたい。
では、この『里奈の物語』(文庫版は『15歳の枷』『疾走の先に』に分冊)、どういう小説なのか。物語の舞台は、北関東の街伊田桐。そこは『15歳の枷』でこう説明されている。
「下請け製造業と博打の街、伊田桐市。(中略)付近に立ち並ぶ飲食店や風俗店やパチンコ屋などは、みなこの競技場を訪れるギャンブラーたちを最大の客筋として栄えてきた」
おそらく宇都宮をモデルにした街と思われるが、その飲食街で育った少女里奈が主人公。実の母親は里奈を置いて出奔したので、母親の姉幸恵に育てられている。その幸恵は飲んだくれて帰らない日も多いので、幸恵の働く酒場のママ、志緒里を始め、さまざまな大人に囲まれて過ごしている。これが揺籃期。事態がうごきだすのは、里奈が小学二年生になったとき。実の母親春奈が現れるのだ。そして、幼い雄斗と琴美を置いていく。もともと一緒に暮らしている幸恵の娘比奈と合わせて、里奈は三人の姉になってしまうわけである。幸恵には子育てをしている暇もないので、幼い子らの世話は全部里奈にまわってくる。この少女は、それを苦にしていないから、これもまだ揺籃期といっていい。
しかし、借金返済のために詐欺に走った幸恵が逮捕され、里奈と比奈、そして雄斗と琴美の五人の、貧しいけれどみんな一緒の蜜月は突然終わりを告げる。これが『15歳の枷』第一章「倉庫育ちの少女」だ。全体は八章にわかれているが、具体的な紹介はここまでにしておく。
ここから、大人の力は借りず、男の力も借りず、独力で生きていこうとする里奈の日々が始まっていくのだが、そのディテールが圧巻なので(パワフルで面白く、しかも波瀾万丈なのだ)、ここで紹介してしまっては読書の楽しみを奪うことになる。全体の半分あたりまではストーリーを紹介したいところなのだが、ぐっと我慢。ここでは二つのことを指摘するにとどめておく。
一つは、『15歳の枷』にある十五歳のとき里奈が児童養護施設・六恩園を脱出し、池袋に向かうくだり。突然飛び出してきたので何の準備もしていないことに伊田桐の駅前で里奈は気がつくのだ。で、コンビニ前で里奈と同い年くらいの少女の集団がたむろしているのを見つけて、「ちょっといい?」と近寄っていく。とてもいい場面なので、この場面を引いておく。
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