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少女たちの夢と怒りをパワフルに描く鮮烈な書

少女たちの夢と怒りをパワフルに描く鮮烈な書

文:北上 次郎 (文芸評論家)

『里奈の物語 疾走の先に』(鈴木 大介)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「悪いんだけど、誰か靴売ってくんねえ?」

「は? 意味わかんねーし」

 

 そこにリーダー格だろうか、金髪で背の高い少女が近寄ってくる。

 

「なにあんた? もしかしてそのカッコ、家出?」

「もしかしなくても家出だがん。でもあたし、このカッコじゃソッコ補導じゃね? てことだから、あたしに靴売ってよ」

 

 結局、この金髪で背の高い少女は、

 

「いいよ。お前、あたしの靴履いてけよ。金とか要らねえし」

 

 仲間があわてて、

 

「マジで? 瞳ちゃん、あんたその靴、買ったばっかじゃん? 金要らねえとか馬鹿なの?」

「うっせえし」

 

 最後にこの少女は、「わかんねーけど頑張れよ」という。とても印象深いくだりだが、このエピソードが実話に基づいていることをあとで知った。本書『里奈の物語』を読んでから、鈴木大介のノンフィクションを四冊、急いで読んだのである。どの本に載っていたのか、付箋を付け忘れたので、いま確認できないものの、この金髪少女のエピソードに似た例がそのノンフィクションの中にあった。

『家のない少女たち』(宝島社)の中に、大阪の援交少女組織のリーダー、アイコを紹介するくだりがあることにも触れておく。

「アイコという少女は、買春男を次々に少女らに斡旋しては、トラブルがあったときには凶器を持って男を脅して金をふんだくるという、超粗暴な進化型オヤジ狩りをしている不良だった。ある意味売春少女の自助組織といったところだが、梅田で会ったアイコは、目を合わそうものなら身が凍るほどの鋭い視線を持った少女である」

 売春少女の自助組織のリーダー、という一点で、このアイコは本書の里奈と重なる。つまり本書には、著者の取材に裏打ちされたリアリティが充満しているということだ。

 ここまでくれば、『援デリの少女たち』(宝島社)の第七章「身籠った少女」もここにあげておくべきだろう。この書は、当時の援デリの実態と、そこで働く少女たちを取材したルポルタージュだが、ここに里奈が登場している。というよりも、このルポで使用した仮名をそのまま小説『里奈の物語』にスライドさせているということだ。それでは鈴木大介が、事実を小説化しただけではないかと誤解されるかもしれないので、急いで付け加える。

 私が感服したのは、ルポ「身籠った少女」と、小説『里奈の物語』の違いである。キーは、サクラだ。『里奈の物語 疾走の先に』で、サクラはある種の敵役として登場している。ネタばらしになるので詳しくは書けないが、このサクラに対して里奈がどう対処するかが、本書の最大の山場といっていい。すごいぞここは。これによって、小説に奥行きと膨らみが生まれていることに留意。ルポ「身籠った少女」にサクラは登場していないので、この人物は著者の創作と思われる。この造形に鈴木大介の作家としての創意と素晴らしさがある、というのがもう一つの点だ。

 そうか、私が知らないだけで、まだ他にも著者が創作した人物が、本書にはたくさんいるのかもしれない。ヤクザの森永とか、超個性的で強い印象を残す人物が本書には数多く登場しているが、その一部に取材に基づく人物像が使われているだけで、その大半は著者の創作なのかもしれない。あまり「事実」を強調しすぎると、そこを見誤りかねない。本書が躍動感に富み、迫力に満ちているのは、鈴木大介の作家としての資質のためであることを最後に確認しておきたい。

 凄まじい書だ。少女たちの夢と怒りをパワフルに描く鮮烈な書だ。

文春文庫
里奈の物語 疾走の先に
鈴木大介

定価:869円(税込)発売日:2022年03月08日

文春文庫
里奈の物語 15歳の枷
鈴木大介

定価:869円(税込)発売日:2022年02月08日

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