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万能人レオナルド・ダ・ヴィンチの感性と知的欲求を突き動かしていたもの

万能人レオナルド・ダ・ヴィンチの感性と知的欲求を突き動かしていたもの

文:ヤマザキ マリ (漫画家・文筆家)

『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(ウォルター・アイザックソン)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『レオナルド・ダ・ヴィンチ 上』(ウォルター・アイザックソン)
『レオナルド・ダ・ヴィンチ 下』(ウォルター・アイザックソン)

 “天才”と言われる人には皆どこか似たような傾向があるように思う。あくまで私の見解だが、まず好奇心と探究心のカルマに自我を乗っ取られ、知的欲求の暴走に身を委ねることで生きる彼らには、自己顕示欲などというものを意識するゆとりはない。だから自らを天才だと自覚することもないし、自覚の必要もない。こうした突出したカルマを持った人間は、一般人から多大な賞賛を受け、羨望の対象となりながらも、疎まれ、孤立を強いられる。気持ちの赴くままにどこまでも思索し、無我夢中で技術力を磨き、納得のいく結果を生むまで生命を燃焼させている、そんな人間は、心地よい怠惰に身を委ねて生きることを正当化したい人間にとってただの目障りでしかない。メンタルの枯渇感を必死になって満たそうと尽くせば尽くすほど、底無しの孤独という負荷を背負わなければならなくなるのが、天才の宿命なのだ。こういうふうに考えていくと、天才というのは、ある意味目障りな人間への称号のような気がしないでもない。

 スティーブ・ジョブズにしてもアインシュタインにしても、そして今回のレオナルド・ダ・ヴィンチにしても、ウォルター・アイザックソンがそうした人物ばかりを選んで評伝にしているのはなぜなのか。彼は決して彼らの天才性を真っ向から崇め奉っているわけではない。読み進めているうちに、マニュアルを無視し、社会の軌道から外れ、時には自らを壊しつつも、後世に語り継がれる何かを生み出す者たちの神秘性を著者と一緒に容赦無く解体しているような気持ちになる。

 私は過去にアイザックソンが著したジョブズの評伝全2巻分を漫画化したが、原作を読んだ直後に感じたのは、アイザックソンのジョブズに対するあくまで沈着冷静な俯瞰の目線だった。尋常ではない生き方を辿った人物の解釈に挑む興奮が筆致に現れる気配もあるが、やはりアイザックソンにとってのジョブズは、自分とは相いれない未知なる観察対象だったのではないかという印象が残った。

 ウォルター・アイザックソンはジョブズやレオナルドとは違って、ハーバードやオックスフォードといった、要は世間における最高水準の学府の学位を取得した、いわゆる現代社会においてのエリート中のエリートである。そんな彼からしてみれば、非嫡出子として生まれ、生みの親による愛情を経験しないまま育ち、しかも決してハイクオリティな教育を受けてきたわけでもなく、むしろ社会では問題児扱いを受けてきたような人物が、世界にその名を残していくであろうイノベーターとなりえた理由を分析したくなるのは自然の摂理なのかもしれない。

 敷かれたレールの上を進まなかったことが、時に社会現象をもたらすような稀有な展開を導く、その謎のストラクチャーを知りたいと思うのは彼だけではないだろう。どんなに勤勉を貫いても、成功に導いてくれるはずのマニュアルを忠実にこなしても、それが計画通りの成績や結果を与えてくれるわけではないという辛辣な事実を明白に顕示してくるのが、こうした天才たちの存在だ。そして、そんな彼らと向き合っているうちにアイザックソンが得た天才の定義の一つが、科学と芸術、技術と人文とのクロッシングという要素である。

 レオナルド・ダ・ヴィンチについてはこれまでにも実にたくさんの文献が出ているし、その特異な生き方は映画やドラマにとっても格好のネタとなってきた。しかしアイザックソンはレオナルドに特化した研究者でもなければ、美術史の専門家でもない。本書はレオナルドの残した膨大な量の自筆ノートをもとに、出生から時系列に沿ってその人生が綴られているが、ところどころに他者の視点によるレオナルド分析に対して個人的な見解が介入する。

 心理学者フロイトによるレオナルドの分析が不適当だと思われるその理由を、自筆ノートのドイツ語翻訳の質の低さにあるとし、さらにこの誤った精神分析によってその後のおかしなレオナルドのイメージが作り上げられてしまったと指摘する。それからまたしばらく読み進めていくと、オークションに出品され話題となった『美しき姫君』という作品をレオナルド作だと主張する美術収集家のエピソードに焦点が当てられる。レオナルドという天才が後世の人間にいかなる影響を及ぼす存在であったのか、アイザックソンの分析は500年の時を経て残された自筆ノートの言葉からだけではなく、レオナルドを取り巻く様々な人々の解釈からこの人物像を浮き彫りにしようとしている。『美しき姫君』の作者を巡るあらゆる解析を踏まえて、アイザックソンはレオナルドという人物の位置付けを芸術と科学の交差点に固定させていくのである。

文春文庫
レオナルド・ダ・ヴィンチ 上
ウォルター・アイザックソン 土方奈美

定価:1,342円(税込)発売日:2022年03月08日

文春文庫
レオナルド・ダ・ヴィンチ 下
ウォルター・アイザックソン 土方奈美

定価:1,298円(税込)発売日:2022年03月08日

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