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『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼、最新作。「ぼくらに嘘がひとつだけ」がエモすぎる!

『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼、最新作。「ぼくらに嘘がひとつだけ」がエモすぎる!

WEB別冊文藝春秋

綾崎隼「ぼくらに嘘がひとつだけ」#001

出典 : #WEB別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

エリート棋士の父を持つ京介と、落ちこぼれ女流棋士の息子・千明。
奨励会でプロ棋士を目指すライバル同士のふたりは、出生時に取り違えられていたのかもしれない――
運命と闘う勝負師たちの物語。


序幕

 才能とは遺伝子で決まるのか、それとも環境で決まるのか。
 僕には分からない。今は、分かりたいとも思わない。

『去る六月十八日、当院の四階、調乳室で発生した火事につきまして、皆様に多大なるご迷惑とご心配をおかけしたことを衷心よりお詫び申し上げます。報道されております通り、調乳室でも併設の新生児室でも出火の原因は確認出来ておりません。現在は放火事件として東村山警察署に捜査をお願いしています。調乳室の一部が燃焼しましたが、怪我人が発生しなかったことが不幸中の幸いでありました。診療に支障をきたす期間を最小限にするべく、原状回復に努めておりますので、何卒ご了承のほどお願い申し上げます。』
 奨励会の友人、あさあきが送ってきたURLに載っていたのは、『火災発生のご報告』だった。東京都きよ市にある、僕らが生まれた大学病院の十四年前のリリースだ。
 事件発生は僕が生まれた翌日であり、千明の出生の二日後である。
 あいつがこの記事を送ってきた理由は、尋ねるまでもなく分かっていた。
 れいかいの後で千明に渡された封筒を開け、書類の上部を引っ張り出すと『私的DNA型父子鑑定書』なる文字列が顔を覗かせた。送付したサンプルの鑑定結果が出たのだ。
 千明は結果を言わずに書類だけ渡してきた。
 真実を確認するのか否か、最後に、お前自身が選べということだ。
 僕は、自分がながあつひとながの子どもではないのではと疑っている。
 千明は、自分があさむつの子どもではないのではと疑っている。
 両家の親は僕らの疑念に気付いていない。僕だって、僕らだって、疑わずに済むならその方が良かった。でも、その可能性に気付いてしまったら最後、目を逸らすことは出来なかった。家族を大切に思っているからこそ、確かめずにはいられなかった。
 僕たちは取り違えられた子どもなんだろうか。
 調乳室に火を放ち、赤ちゃんを入れ替えた犯人がいるのだろうか。
 この扉を開けたら最後、心はもう二度と、真実を知る前の世界には戻れない。それが分かっているのに、答えを求めずにはいられない。
 棋士を目指す僕たちは、とどのつまり、そういう生き物だった。

 

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