- 2022.04.20
- 特集
作家・西村京太郎の原点を知る貴重な一冊<追悼 西村京太郎 担当編集者が見たベストセラー作家の素顔(10)>
文:瀬尾 巧 (現・「週刊文春」編集部)
『寝台特急「ゆうづる」の女』(文春文庫)
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
鉄道ミステリーの第一人者として生涯647もの作品を遺した西村京太郎さん(享年91)。空前絶後のベストセラー作家に伴走した編集たちが、担当作品とその素顔をリレー形式で綴っていく。
私は鉄道ファンいわゆる「鉄ちゃん」ではない。鉄道は日々の仕事と生活で利用する程度だ。
5年前、文春文庫部に異動となり、西村京太郎先生の担当を仰せつかった。戸惑いしかなかった。テレビの2時間サスペンス「十津川警部」には、母が好きだったこともあり、子どもの頃から親しんできた。ファミコンの「西村京太郎ミステリー ブルートレイン殺人事件」も友達の家でやった(ゲーム中に西村先生が登場する)。
しかし、鉄道の知識は皆無だ。前任のM先輩から引き継いだ仕事はふたつ。2年ほど経過した単行本を文庫として刊行すること。これは問題ない。引っかかったのはもうひとつの方だ。過去の文春文庫の作品から名作を掘り出し、新装版として刊行すること。名付けて「十津川警部クラシックス」。とくに現在では廃止となった列車や路線が登場する作品を取り上げることで、読者には懐かしさや郷愁を感じていただこうというコンセプトだ。参った。五百を優に超える西村京太郎作品には、全国津々浦々の国鉄・JR、私鉄、第三セクターなど様々な列車が登場する。どうやって選べばいいのか……。
幸いなことに、第1弾はすでに刊行されていた。『寝台急行「銀河」殺人事件』。「銀河」は、深夜の時間帯に運行し、東京~大阪間を9時間強で結んだ寝台急行だ。作中に登場する「銀河」は昭和59年当時のもの。昭和39年に東海道新幹線が運転を開始してから20年経過してもなお現役だったことにまず驚く(引退はなんと平成20年)。
サラリーマンの井崎は、出張のため「銀河」に乗る。が、その車中、A寝台で女性の遺体が見つかる。女性は井崎の不倫相手であり、しかもそろそろ手切れをしたいと煙たく思っていたというタイミング。しかもしかも、遺体の手には、彼のシャツの袖ボタンが握られていた! テレビならばここでCM。明けたら、いよいよ十津川警部と亀さん(亀井刑事)の登場だ。上司の一課長から容疑者の素性を聞いた十津川、「私と大学が同窓の井崎に間違いないと思います」。そんな偶然のめぐりあわせもあって、十津川は、旧友の冤罪を晴らすために、捜査を開始する。――子どもの頃に見ていた、あの十津川警部の映像がありありと浮かんでくる(ちなみに、私の「十津川警部」は、三橋達也さんと愛川欽也さんのコンビ。人によって思い浮かべる俳優が違うのも魅力)。
乗客が寝静まる深夜。個室を除けば、仕切りはカーテン一枚という無防備極まりない“密室”。窃盗などの犯罪防止のために鉄道公安職員が巡回する。どうやって犯行に及んだのか。鍵は、「時刻表」に隠されていた――。
私は寝台列車に乗ったことがない。それゆえに、この特殊な環境が新鮮だった。決まった。よし、寝台列車だ!
郷里がある北国への郷愁がそうさせたか、『寝台急行「天の川」殺人事件』『座席急行「津軽」殺人事件』『寝台特急「ゆうづる」の女』と、東京と秋田を結ぶ「上野発の夜行列車」(編集作業はかの歌謡曲のメロディーが脳内でリピートしていた)を3作刊行した。いずれの列車にもドラマがある。「天の川」は、その後「ブルートレイン」と呼ばれるようになる寝台客車(20系客車)を備えた、さきがけだった。「津軽」は、東北の労働者が上京する「出稼ぎ列車」であり、故郷に錦を飾る際に乗る「出世列車」と呼ばれた。「ゆうづる」は東北で初めて個室寝台を備え、移動から旅行へ、夜行列車の可能性を広げた。いずれもすでに廃止となった。ご味読されんことを願う。
残念ながら、西村先生にお目にかかる機会は数えるほどしかなかったが、西村京太郎記念館を訪れたファンの方に、「写真撮りましょう」と先生自ら声をかける姿が目に焼き付いている。遺された膨大な作品同様に、読者を楽しませるサービス精神に溢れていた。
ご冥福をお祈りいたします。
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