現場での西川監督? ストイックとか、厳しいという感じはあまりないですね。普通というか、真っ当というか。撮影には女性スタッフが多かったんですが、本当に仲が良いし、それでいてきっちり現場全体を掌握してる。スタッフからは、監督のために頑張ろうという気持ちが伝わってくる、良い現場でした。西川さんには、この人のためになにかしてあげたいって思える、なんとも言えない「可愛げ」があったんですよ。
『ディア・ドクター』の後もずっとお付き合いさせてもらってるんですが、西川監督の映画って何年かに一度の公開でしょう? だから昔は、お金のこととか心配になることがあって「食えてんのか? 一緒に飯食うか?」って言うたこともあるんです。余計なお世話かも分らんけど、大丈夫かな? と思わせる「可愛げ」が西川さんの大きな魅力です。
それでいて、書くもの、撮るものは毒気があるし、えげつない。『夢売るふたり』では有名な女優さんに自慰させたり、『ゆれる』のなかに出てくる、「舌出せよ」と言ってキスするシーンなんてすごいですよ。「舌出せよ」って……。参ったわ。あんな可愛らしい人がよう思いつくなぁ。
少女のような可愛らしさがある一方で、女性としての成熟した感性、もっと言えば「やらしさ」もある。品があって、頭も良い。ほんまに素敵な人――それが西川美和という人だとぼくは思うし、西川監督の作品も西川さんそのものだと思います。
最新作の『すばらしき世界』でも、色んな刑務所、色んな受刑者に取材したんでしょうけど、なんであんな脚本(ホン)が書けるんやろうな。役所広司(やくしょこうじ)という役者をツモって、あれだけ素晴らしい映画を撮れるというんは、なかなかできることじゃありませんよ。
西川さんは、ぼくや役所さんからすれば二回(ふたまわ)り近く年下ですけど、映画というたくさんの人やお金が動くものを背負っている、私が責任を取るんだという覚悟を感じますよね。広島の出身だからという訳やないでしょうけど、義理人情に厚いし、昔の任侠、極道の女みたいなところがあるんです。さっきも言いましたけど、この人のためになにかしてあげたいとか、この人に嫌われたくないと思わせるなにかがあるんですよ。だからぼくはもちろん、役所さんのような日本一の役者もついていきたいと思うんとちゃいますかね。
西川さんはもうすでにすごい監督ですけど、これからもっともっとすごい監督になると思います。そういう人と監督のキャリアの割と早い段階で出会えて、ぼく自身、幸せでした。
この映画をやったことで色んな賞をいただいたし、ぼくの落語にも大きな影響がありました。自分の落語も映画と同じように、ひとつの作品として俯瞰(ふかん)して見れるようになったんです。監督的な見方ができるようになったいうんか。『ディア・ドクター』の前はそういう風には自分の芸を見れませんでした。自分で言うのも口幅ったいですけど、今はお客さんから、お城が見えた、花魁(おいらん)道中が見えた、と言ってもらえる。それはやっぱり、あの映画に出たというのも大きいと思います。
西川さんは、これからも西川さんにしかなれない、もっともっとすごい、化け物みたいな監督になってくれると思ってます。
それでも、あの「可愛げ」は失わんといてほしいな。
それでいつか、あの可愛らしい顔を見て言うんです。「舌出せよ」って(笑)。
(二〇二一年十二月 インタビューより構成)
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