『きのうの神さま』を原案とした、映画『ディア・ドクター』の主演・伊野治(いのおさむ)役をオファーしていただいたのはもう十数年前です。伊野は、それまで無医村やった、ある山あいの村にやってきた医者で、村人たちに慕われているけど、実はニセ医者で……という役どころ。
西川美和さんの師匠である是枝裕和(これえだひろかず)さんが当時、テレビの深夜番組『真夜中はピクニック』を観はったのがオファーのきっかけやったそうです。この人、伊野にいいんじゃないか、と。番組は、立川志の輔(たてかわしのすけ)さんと春風亭昇太(しゅんぷうていしょうた)さんとぼくの三人で真夜中の東京を自由に歩き、語る、というもので、エンディングなどを決めずにスタートしたんですが、最後は不思議とまとまっている。それを観て、こいつ詐欺師ちゃうか、と思わはったんでしょう(笑)。
ぼくのモットーは「アクシデントをいかにプロらしくみせるか」ということ。NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』という番組もそうですけど、決まっているようで決まっていない、その「虚」と「実」のあわいを面白がるというところがあります。それが『ディア・ドクター』の世界に合ってると思わはったんじゃないかなぁ。
伊野も、本当はニセ医者なんですけど、病人が元気になって村の人が喜んでいるところを見ると、俺って本当に病気を治してる、ちゃんとした医者なんちゃうかと思うようになる。たぶん本人も自分が本物の医者なのかニセ医者なのか、だんだん分からんようになってきてたと思うんですね。「虚」と「実」のあわいを生きてるんです。
撮影が進むにつれて周りから「鶴瓶さんが伊野に見えてきた」と言われるようになりました。ただそれは、役作りのせいではなくて、自分の根底に詐欺師的な部分があるからでしょうね。誰にでもそういう詐欺師的な部分というか、「虚(うそ)」を生きてるような部分はあるじゃないですか? そもそもぼくには演じようという気がないんです。映画は監督のもんやと思うてるし、とにかく、西川さんが書いたものに寄り添おうと。だから、撮影ではカットがかかる度に監督の方を見て、西川さんがOKサインを出してくれたら安心する。その連続でした。
西川さんがすごいのは、その「虚」と「実」を、物語としてきっちり描けているところですよね。これは非常に難しい。ようこんなん書いたなと思いますよ。