この小説にはテーマがない。もう本当に、まったくない。
つまり読みながら、あるいは読み終えたあとで、「作者はこの物語を通してなにを言いたかったんだろう?」みたいなことを考える必要は一切ない。作者の答えはただひとつで、「なんとなく、これが面白い気がしたんですよね」だけだ。
私は本作を書き始めたころ、うっかりテーマらしきものが萌芽しそうになると執拗にそれを刈り込んで満足していたが、「これではテーマがないことをテーマとした小説になってしまうのではないか?」と危機感を覚えはじめた。そこでアングルによってはテーマにみえなくもないものが紛れ込んでも、そのまま放置することにした。
よってこれは、テーマがない小説として洗練された小説でさえない。だから、あなたがうっかりテーマをみつけてしまっても、それはそれで問題ない。
だいたい小説というのは、読者の頭の中で完成するものだろう。だとすれば、もし本作から何かしらのテーマを見出したなら、それはあなたがこの小説に与えたテーマだと考えられる。そして読み手からテーマを与えられるのは、おそらく小説にとって幸福なことだ。
さて、この先は具体的に物語の内容の紹介に入りたいと思う。だから「まったく事前情報なしでテーマがない小説を読みたい!」という方は、ぜひここで読むのを止めて欲しい。
一方で、作風と冒頭の展開くらいはざっと知っておきたいなという方は、読み進めていただけると幸いだ。
この物語は、現代の神戸(らしき場所)を舞台にしている。けれど物語の発端は、およそ千年前にある。
平安の世で、とある水神に懸想された女は、しかし自身の恋を選んでその神を振った。
腹を立てた水神は川を氾濫させて恋敵である男を呑み込んだが、そこに女が助けに入り、ふたり仲良く溺死した。
それをみていた水神は、ふたりの愛が偽物だと証明したくなり、彼と彼女に呪いをかける。この呪いによって、ふたりの魂は輪廻転生を繰り返すが、その転生にはルールがある。
男は生まれ変わるたびに輪廻を忘れ、しかし女の生まれ変わりを愛したとたんにそれを思い出す。女は逆さで、輪廻を覚えたまま生まれ変わり、しかし男の生まれ変わりを愛したとたんにそれを忘れる。
つまり愛し合ったとたん、すれ違うことが約束されている。この悲劇の中で、ふたりは真の愛をみつけられるのか――という話では、まったくない。
令和の世に生きながら、千年ぶんの輪廻の記憶を持つ岡田杏は、すでに運命の恋人探しに興味を失い、ルームシェアする美女・守橋祥子との生活を満喫している。昼は三宮にあるカレー屋のアルバイトとして働き、夜には祥子とふたりで酒を飲む。過酷な生涯も体験している杏は、平穏な今の生活にすっかり満足している。
本作は、それなりに色々な出来事が起こる予定だが、主な視点人物である杏が千年ぶんの輪廻を経験しているため、たいていのことには動じない。しかも前記の通り、現状の生活にすっかり満足しているから、取り立てて望むこともない。杏はただひとつだけ、『徒名草文通録』という名の奇妙な古書を手に入れることを目標としてはいるが、これも熱望というほどではない。
杏の周りでは様々な人たちの、加えていくらかの神様の愛やら欲やらが渦巻いているけれど、本人は平気な顔をしてささやかな日々の生活を謳歌している。
一話と二話は同じ一夜の物語になる予定だが、杏がもっとも気にしているのは「夕食に予約したイタリアンに間に合うか?」だ。基本的には終始この温度感で、やや変わった設定の日常ものになる予定だ。
繰り返しになるけれど、本作にはテーマがない。
よって、物語を通じて著者のメッセージを受け取りたいという方には向かない。著者の主義主張はどうでも良いから気軽な小説を読みたいという方、あるいはテーマなど自らみつけてやるという豪胆な方に向けて書いているつもりだ。
もし「ちょうどテーマがない小説を読みたかったんだよな」という方がいらっしゃいましたら、ぜひご一読いただけると幸いです。
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