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イナダシュンスケが忘れられない「あの日の焼き鯖定食」のこと

イナダシュンスケが忘れられない「あの日の焼き鯖定食」のこと

WEB別冊文藝春秋

稲田俊輔「食いしん坊のルーペ」第3回

第3回 厨房の異常者

 

 今さら改めて言うのもなんですが、僕は食べることが大好きです。
「世の中には2種類の人間がいる。食べることが好きな人間と、並外れてそれが好きな人間だ」
 なんてことを常々申しておりますが、もちろん僕自身は間違いなく後者でしょう。しかし人類全体から見ると、実際のところ後者は少数派です。「オタク」「マニア」「異常者」と、言い換えてもいいのかもしれません。

 社会人になってすぐの頃の話です。その頃僕は会社勤めで、全社の予算を扱う部署に配属されたばかりでした。その会社では独身男性は原則、寮に入ることになっていて、朝夕の食事は基本そこの大食堂で用意されていました。先に言っておくと、その食事が不満だったという話ではありません。寮の管理人を兼ねていた食堂のおっちゃんは板前上がりで、いつもおいしい料理を出してくれていました。寮そのものもちょっとしたホテル並みの設備で、文句を言ったらバチが当たるような環境でした。
 ある日僕はその食堂で仲のいい2年上の先輩と一緒に夕食を食べていました。その日のメインは鯖の塩焼き。こんがりと黄金色に焼かれたばかりのそれは、セルフサービスで受け取って席に着いてもなお微かにジューっと音を立てているくらいに熱々でした。つまりそれだけ脂の乗った極上品だったということでもあります。いくつか添えられた小鉢は、一見ありふれた中にもプロの技がキラリと光り、米も味噌汁も抜群。とりあえず小鉢をつまみにビールを飲み干して、それから鯖と米に移行しモリモリと食べ進めます。先輩も僕もその辺りまではほぼ無言でがっついています。仕事終わりの20代前半なんてそんなものですね。
 鯖を半分温存した状態でご飯を一膳食べ終え、ようやく人心地付いた僕は、おかわりを貰ってきてから鯖と米の幸福感にウットリと満たされたまま先輩に話しかけました。
「鯖って本当にうまい魚ですよね。今日のこれはまた特別うまい!」
 しかし先輩から返ってきた返答は素気ないものでした。
「あ、そう。お前そんなに鯖好きなんだ」
 僕は困惑しながら返しました。

 

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