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鉄道ミステリーの巨匠・西村京太郎が“山村美紗殺人未遂事件”の推理に挑む! 犯行が行われた「空白の10分」に何が起きたのか?

鉄道ミステリーの巨匠・西村京太郎が“山村美紗殺人未遂事件”の推理に挑む! 犯行が行われた「空白の10分」に何が起きたのか?

西村 京太郎

『西村京太郎の推理世界』より #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

 2022年3月3日、91歳でこの世を去った作家・西村京太郎。「十津川警部」シリーズで親しまれ、鉄道ミステリーの第一人者としてヒット作品を次々と書き上げた同氏の軌跡は、『西村京太郎の推理世界』(文春ムック)にまとめられている。

 ここでは同書から一部を抜粋し、西村京太郎と山村美紗の対談を紹介。1985年7月25日、山村美紗は京都の自宅マンションで何者かに襲われて記憶を失った。西村京太郎とともに、未解決事件の真相に迫る――。(全2回の1回目/2回目に続く

西村京太郎(右)と山村美紗 (『西村京太郎の推理世界』より)

◆◆◆

山村美紗の自宅で、殺人未遂事件が発生

西村 断片的にきいただけでとり込んでいたのでいまだにちゃんとは聞いてないんだ、山村さんの遭難事件の末については。

山村 実はすごい真相があるんですよ。

西村 あ、そう。

山村 嘘、嘘。残念ながら全然ないんです(笑)。落語のオチのようなもんがないんでつまらないんですよ。

西村 あれは7月25日でしたっけ。あの日はプールへ行ったとかいうことでしたね?

山村 ええ、3時半ごろから子供とホテルのプールへ行って、そのあと、久しぶりに食事をして8時頃家に帰って来たんです。ちょうど週刊誌の連載が1つ終って、あの日だけ空いたので。

西村 山村さんはマンションの1階と6階に部屋があるでしょう。

山村 子供は1階の部屋へ入って、私は6階に行ったんです。子供の話だと別れて10分ほどして1階のドアのところでドタッと音がしてあけてみると私がたおれてたって。

西村 じゃ6階の部屋で殴られてから1階まで自力で戻って来たわけ。

山村 そういう事なんですね。だけど自分ではよく覚えていないんです、1階までどうやって降りたか。

西村 頭のどこを殴られたんです。

山村 ここ。右耳から後頭部のところ。もうちょっと内側だったらダメだったみたい。卵より大きなコブが出来ていて。

西村 それで医者へ……。

山村 うちの子供は私が過労で倒れたと思ったんですね、とにかくかかりつけの先生を呼んだんです。そしたら私が無言だったのね、いつもおしゃべりな私がおとなしいのは変だって(笑)。

西村 それで病院へ……。

 

山村 それがおかしいの。車で運ぼうとしたけど、意識がないので、運転手さんが、電話口で「いえ、まだ生きてはります。仏さんとちがいます」って何度もいって、葬儀屋さんから寝台車を頼んだんですって。あとで先生が笑っていってらしたけど、寝台車には、2人ついて行けるんですね、はじめて知ったけど。先生と子供が乗って、病院へ運んだんです。それなのに新聞に、知人の車でなんて意味ありげにかいてあったので、腹が立ったわ。

集中治療室に6時間…“最悪の事態”の可能性も

西村 でも、そんな経緯は山村さんは全然知らないんでしょう。

山村 ずっと昏睡状態で、気がついたのは集中治療室に入って6時間後の夜中の2時でしたから。その間に脳外科や内科外科の専門の先生があつまって最悪の事態を予想してたらしいです。

西村 ぼくは何も知らなくって、翌朝はやく病院へ行ったんだけど、山村さん集中治療室に入っていて面会出来ないっていわれた。集中治療室の内と外をインターフォンでいであって、内から看護婦さんが「ご親戚の方ですか」ってきいたので、「いえ友人です」っていったら「それじゃダメです」(笑)。

山村 集中治療室というのは1日に1つの家族について2人、5分だけという規定があるのです。私の母のときも、弟と妹が入ったら私は入れなかった位厳しい。それで翌日来てくださったらもう退院しちゃってて。

山村さんの執筆風景 (『西村京太郎の推理世界』より)

西村 退院した日に会ったらとても元気だった。

山村 いや、あれは元気に見せていたんですよ。再起不能といわれたくなくて。あのとき吐き気はするし頭はガンガン痛むし。

西村 あのとき1+1はいくつだって訊こうと思ってたんだ(笑)。

山村 それは意識が回復してすぐ大丈夫だとわかりました。自分でも数かぞえたりしたし、おかしかったのはみんなが試してるのがわかったの。先生や看護婦さんも試すし、うちの子供まで試す。

西村 やっぱり1+1?

山村 そんなこときませんよ。どういう人覚えているかとか。

西村 あなたの名前は……なんて。

山村 「きのうはどこへ行ったっけ」とか。「何時ごろお家に帰ったのかなぁ」なんて。

西村 だけど、殴られてから病院に担ぎこまれたわけだから、その間のことは……。

山村 集中治療室で目が覚めて、すぐにここは病院だっていうのはわかった。ドラマにあるみたいに、少しずつスーッと目が覚めて来て、ぼんやりと、「ここはどこ?」なんて、あれはですね。自分でも書いてたけど、あんなことはないって思いました。

西村 こんどの事件で、山村さんには悪いけど、記憶喪失ってのが本当にあるんだってのがわかって興味深かった。

山村 私もちょうど連載小説に書いてたの。記憶喪失の女性が出て来るのを。でも、そんなにあるものじゃないと思ってた。

西村 作家は都合いいからよく使いますけどね。

山村 でも、本当に記憶喪失ってあるんですよ。何か隠しているなんて思われるの本当に心外です。マスコミにはもう、3角でも4角でも、複雑な男と女の事情が絡んでいるって書いて下さいなんていっちゃった。

 

西村 ところが残念ながら何も覚えていない(笑)。

山村 私のはね、逆行性健忘症というんですって。なんだかアホみたいでイヤやけど。

西村 事件の寸前も覚えてないんですか。

山村 少し前からね、逆行して。日航機が墜ちたときも、生存者が揺れてからいよいよ激突する瞬間の少し前からみんな意識がなくて、あとずっと眠っていたといってますけど、あれは眠っているのではなく記憶を喪失しているんですって。

西村 ビデオテープが始まる前にちょっと逆行するみたいに。

山村 そうなんです。本当は激突の瞬間まで意識していたんですが、一緒に消えてしまったんだそうです。私の場合も、1階でエレベーターを待ちながら郵便物とったりしたこと覚えていないんですね。

黒い人影を見たあとから記憶が無くなる

西村 殴られた瞬間の記憶はまったくないんでしょう?

山村 病院で目が覚めてうっすら思い出せるのは、6階の部屋まで行ったら戸が少し開いていたことなんです。上の娘が勤めに出ているんで、彼女が帰ってるのかと思って、「紅葉ちゃん?」といいながら部屋に入ったら、むこうのへやに人影が見えたんです。

西村 リビングのところね。

山村 その人の顔を見たような気がするんだけれどもわからなくて。その時、左の風呂場のほうから黒いものがパーッと来たような感じがして……、結局、それから意識がないんですね。

西村 男か女かもわからない?

山村 ええ。それもあとから考えてこんな状況じゃなかったのかと思うところが多くて。

西村京太郎(右)と山村美紗 (『西村京太郎の推理世界』より)

西村 しかし、それだと、すでに鍵が開いてたことになりますねぇ。部屋の鍵はどこにあったんです。

山村 あとで娘にきいてみたら、私、鍵を持たずに6階の部屋へ行ったんですね。ホテルで泳ぐとき、失くしちゃいけないって娘に預けたんです。その事を2人ともすっかり忘れていて、娘は私が殴られて鍵も奪われたと思ったんです。

西村 すると鍵は犯人が予め持っていたということになる。

山村 6階ですから窓から入ることは出来ないですし、痕跡もないんです。あとで警察が調べたところでは、鍵が閉っていたというんです。

 

事実は推理小説より奇なり

西村 ええッ。すると犯人は山村さんを殴ったあと部屋の鍵を閉めて逃げたってわけですか。

山村 そういうことになりますかしらねぇ。

西村 ここは重要なところですよ。いったい鍵は何本あったんです(笑)?

山村 みんなにそれをかれて困ってるんですけど、ほんとに誰にも渡してないの。私たち親子の分だけです。ただ、クルマのキーと一緒なので、そのまま駐車場に預けたりするので、コピーのチャンスはあったかも知れない……。それに警察は合鍵がなくても簡単にあくといってました。

西村 あのマンションじゃ目撃者もいないでしょうねぇ。

山村 夏なので、廊下側の窓があいてる部屋が多くて、隣りの部屋の人も、その隣りも私のハイヒールの音をきいてて、私が歩いて行くのを見ているんです。それなのに私が殴られてから1階の部屋へ駆け込む姿は誰も見ていない。裸足になってたのかなぁ。それにしても不思議なのはハイヒールが1階の入口にちゃんと揃えて置いてあったんですって。

西村 事実は推理小説より奇なりだなぁ。ハイヒールの音と部屋に行く山村さんの姿が目撃されているのに、ハイヒールは1階にあった。

山村 誰かが私の部屋に入って、私を殴って、鍵を閉めて、ハイヒールを1階まで持って行ってエレベーターの前に揃えて、それから逃げたってことになるんやから、なんやサッパリわかりませんわ。

西村 警察はなんていってるんですか。

山村 空き巣の居直りだって。

西村 警察には誰か届けたんですか?

山村 病院では不審傷ということで警察へ連絡したんですね。娘は転んだのかも知れないからといったけど、脳外科の先生が、何回も打って殺すぐらいのつもりで殴っている、殺人未遂じゃないかというので。

 ただ、その時は、名前を伏せたらしいんです。そのあとで届け、私が、知り合いの橋口警部補に、しっかり調べて欲しいと連絡したんです。橋口さんは、私の小説にも出てくる京都府警捜査一課の刑事さんで、つい、私、小説と混同して、彼なら犯人をあげてくれると思ったの。ところが彼は今年(1985年)の春から伏見署づとめになっていて、管轄がちがうから宇治署に連絡したんです。それで早速鑑識がやって来たり調書を取られたりしているうちに、新聞にデカデカと載っちゃった。

西村 山村さんはそれからが大変で、十何日間危篤状態になったというので心配したんだ。

山村 4日目から脳が腫れましてね、浮腫というんだそうですが、脳圧が上がって悪くすると死んでしまうんですね。それに内出血もして危篤状態になりまして、一時は呼吸が止ったんですって。

西村 凶器は何だったんでしょうね。矢沢美智子みたいにカナヅチ状のもので。

山村 金属バットみたいなものかしら。頭のほかに、右肩右腕に防衛傷っていうんですか、打撲傷がたくさんあって、首もムチ打ち症になっていますから。

西村 やっぱり犯人は殺意があったんだと思う。

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「朝6時に女の声で不審な電話があったんです」山村美紗が自宅で襲われた…ミステリー作家・西村京太郎が推理した“意外な犯人像” へ続く

電子書籍
西村京太郎の推理世界
文藝春秋・編

発売日:2022年04月06日

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