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「4日後に辞めてもらうことになりました」リクシル社長に突然すぎる“クビ宣告”…日本有数の大企業で起きた“疑惑の社長交代劇”

「4日後に辞めてもらうことになりました」リクシル社長に突然すぎる“クビ宣告”…日本有数の大企業で起きた“疑惑の社長交代劇”

秋場 大輔

『決戦!株主総会 ドキュメントLIXIL死闘の8カ月』より #1

 2018年10月31日、LIXILグループ(現LIXIL)は突如として瀬戸欣哉社長兼CEOの退任と、創業家出身の潮田洋一郎取締役の会長兼CEO復帰を発表。外部から招へいした「プロ経営者」の瀬戸氏を創業家が追い出す形となった。しかし2019年6月25日、会社側に戦いを挑んだ瀬戸氏が株主総会で勝利し、社長兼CEOに“復活”する。

 ここでは、一連の社長交代劇の裏側に迫ったジャーナリスト・秋場大輔氏の著書『決戦!株主総会 ドキュメントLIXIL死闘の8カ月』(文藝春秋)から一部を抜粋。瀬戸氏が社長退任を告げられた経緯とLIXILグループの内部事情を紹介する。(全4回の1回目/2回目に続く

◆◆◆

ローマを訪問したLIXILグループ社長兼CEOの瀬戸欣哉

 10月のローマは気温が東京とほぼ同じで湿度は低い。旅行のベストシーズンといわれるそんな時期に、LIXILグループ(現LIXIL)社長兼CEO(最高経営責任者)の瀬戸欣哉は仕事で訪れていた。2018年のことだ。

 新型コロナウイルスが全世界で猛威を振るう前まで、瀬戸は月の3分の1、多い時は半分くらいを海外で過ごし、各地に散らばるLIXILグループの経営幹部と話し合う日々を送っていた。今回のローマ訪問はカーテンウォールを手がける子会社、ペルマスティリーザの社長であるリカルド・モロと面談するのが目的だ。

 一般に大企業トップの海外出張には経営幹部や秘書といった帯同者がいるものだが、瀬戸はほとんど1人で行動する。今の時代、たくさんの部下を引き連れて大名旅行のような出張をするのは時代錯誤と考えるからだが、他にも理由があった。1人になれるからだ。

 瀬戸は会社の実情を細部に至るまで可能な限り自分で把握したいと考えるタイプの経営者である。必要と思えば昼夜を問わず幹部に電話をかけたり、メールをしたりして、情報を吸い上げる。手を尽くして集めたものを頭の中で整理し、考え抜いて経営の方向性を示す。決断はできる限り早く、間違いだと気づけば修正する。時間をかけるのは悪だとすら考える合理主義者だ。

 経営者には連日会食の予定を入れて人脈を広げることが仕事の1つと思う人も少なくない。しかし瀬戸は考える時間の方が大事だと思っているから、親睦を深めるぐらいの意味しか持たない会食はなるべく避ける。床に着くのは夜10時くらい。平均睡眠時間は7、8時間とやや長めで、朝5時には起きる。それから1時間ほどかけて、その日にやるべきことの優先順位を付け、仕事に取り掛かる。休日は家族団欒を優先するのでゴルフはしない。

 

 こうしてみると公私のメリハリが相当ついているようにみえるが、それでも日本に居れば次から次へと課題が持ち上がり、自由な時間を作るのは難しい。だから海外出張をした時には、わざと「空白の1日」を作るようにしていた。海外に4日間滞在するという日程を組んでいれば、5日間にするといった具合である。むろん平日に休暇を取るわけにはいかないので、日程は週末を絡めるようにする。

「空白の1日」は誰にも居場所を知らせず、自分で予約を入れ、投宿したホテルで1日中本を読み耽ったり、見損ねていた映画を鑑賞したりする。リフレッシュをして再び仕事に臨むのに、帯同者がいることはかえって不便。だから可能な限り単独行動を取るようにしていた。

突然スマートフォンが鳴り「瀬戸さん、急な話だけれど……」

 2018年10月27日土曜日は、この空白の1日だった。カラッと晴れたローマにあるホテルで朝食をゆっくり取り、食後にカプチーノを飲みながら、「今日はどの本を読むかな」などと考えていた時、突然スマートフォンが鳴った。電話の主はLIXILグループ取締役会議長の潮田洋一郎だった。

「瀬戸さん、急な話だけれど指名委員会の総意で、あなたには辞めてもらうことになりました。交代の発表は4日後の10月31日です。後は私と(社外取締役の)山梨(広一)さんがやりますから」

この写真はイメージです ©iStock.com

 潮田は抑揚のない話し方をする。この時もそうだった。藪から棒で、衝撃的な話を落ちついた声で伝えられるのはかえって不気味である。瀬戸の休日モードは一気に吹き飛んだ。

〈辞めろ? 指名委員会の総意? 交代発表は4日後? どういうことだ?〉

 潮田とは1週間前、赤坂にあるザ・キャピトルホテル東急で会食をしたばかりだった。その場で自分の人事については話題にもならなかった。

 会食には瀬戸と潮田、エグゼクティブの人材紹介を手がけるJ社の社長がいた。Jの社長は潮田と付き合いが長く、LIXILグループ幹部にはJの紹介で入社した人も少なくない。なにより瀬戸のLIXILグループ入りを仲介したのもこの人物である。3人には共通項があって、全員が東京大学経済学部土屋守章ゼミのOBだった。

 食事が終わると潮田とJの社長はホテルにあるバーへ消えていった。そこで潮田と軽く飲んだJの社長はその後、瀬戸に電話を掛けてきて、「潮田さんの話を聞いた印象だけれど、瀬戸さんは長期政権になると思ったよ」と告げた。約1週間前にそんなやり取りすらあったというのに、潮田は電話で「辞めてもらう」と言った。

 ローマで受けた電話で仰天したことは他にもあった。それまで瀬戸はCEOの人事権を事実上握る指名委員会のメンバーと良い関係が築けていると思っていたが、潮田は電話で、「辞めてもらうのは指名委員会の総意だ」と言った。

 

取り付く島がない潮田と食い下がる瀬戸

「本当に指名委員会の総意なんですか」

 しばらくの沈黙を経て瀬戸は潮田に二度同じことを尋ねたが、潮田は「ええ。指名委員会の総意です」と言った。取り付く島がないことはわかったが、それでもこう食い下がった。

「中期経営計画がスタートしたのはこの4月です。わずか半年で辞めるなんて無茶ですよ。しかも4日後なんて従業員に説明がつかないし、そもそも株価が暴落します」

 しかし潮田は何度も「指名委員会で機関決定したのだから仕方がないでしょう」としか言わず、電話を切った。瀬戸はひとまずカップに残っていたカプチーノを一気に飲み干した。本場の味を楽しむつもりで注文したが、すっかり冷めている。美味いはずがない。レストランには休日の朝を楽しむ観光客の声が響き渡っていたが、その中で一人、瀬戸は瞬きもせず、窓の外をじっと見つめた。

巨大メーカーの誕生

 LIXILグループはサッシやトイレといった住宅設備機器を手がける国内最大のメーカーである。傘下に約270社のグループ会社を抱え、150以上の国と地域で商品やサービスを提供している。2022年3月期の売上高は1兆4285億円、従業員は全世界で約6万人にのぼる。

©getty

 公表している会社の歩みを見ると、同社は2011年、トステムとINAX、新日軽、サンウエーブ工業、東洋エクステリアが一緒になって誕生した会社となっている。一度に5社が統合して、巨大住設機器メーカーが誕生したという印象を与えるが、厳密にはいくつかの段階を経ている。

 まずは遡ること10年前の2001年、サッシや窓、シャッターなどを製造・販売するトステムと、トイレや洗面器などを手がけるINAXが経営統合し、INAXトステム・ホールディングス(HD)が誕生した。

 INAXトステムHDは2004年、住生活グループに社名を変更している。潮田の父親で、1949年にトステムの前身である日本建具工業を設立、当時はINAXトステムHDの会長だった潮田健次郎の意向によるものだった。健次郎は住宅関連商材を総合的に取り扱う会社という意味を新社名に込めたが、住宅関連以外にも手を出すといった野放図な多角化はしないという含意もあったといわれる。

 住生活グループは2010年にシステムキッチンやシステムバスなどを製造・販売していたサンウエーブ工業とサッシ大手の新日軽を傘下に収め、健次郎が社名に込めた思いはさらに具体化した。残る東洋エクステリアはもともとトステムの関連会社として1974年に誕生した会社で、2000年に完全子会社となっている。つまりLIXILグループの中核となっているのはトステムとINAXで、そこにサンウエーブ工業と新日軽、東洋エクステリアがくっ付いていると理解した方が分かりやすい。

 2021年に複数回にわたる情報システムトラブルで経営トップが辞任に追い込まれたみずほフィナンシャルグループは、同じメガバンクの三井住友フィナンシャルグループや三菱UFJフィナンシャルグループの後塵を拝し、常に業界3位に甘んじている。原因の1つは、みずほの母体となっている日本興業銀行、第一勧業銀行、富士銀行出身者に旧行意識があるからといわれる。それを踏まえるとLIXILグループは5社のDNAが混ざり、せめぎ合っている会社と映るかもしれないが、歴史的な経緯もあって実際に残っているのはトステムとINAXの企業カルチャーだけである。

 

トステムとINAXの経営統合の裏側

 もっとも中核であるトステムとINAXの力関係は対等とは言いがたかった。それは2001年の経営統合の形態をみるとわかる。表向きはHDの傘下にトステムとINAXがぶら下がる形になっているが、統合するにあたってHDを新設したのではなく、トステムがHDの母体で、ぶら下がったトステムは新設された企業体である。だから経営統合はしたものの買収企業はあくまでトステムで、INAXは被買収企業だった。

 健次郎の自叙伝ともいえる『熱意力闘』(日本経済新聞出版社刊)には当時の経緯が描かれている。

 INAX創業家出身の2代目社長で中興の祖と呼ばれ、当時会長だった伊奈輝三が2000年11月、健次郎に電話をかけ、面会を申し入れた。輝三がINAXの本社があった愛知県常滑市から単身で東京にあるトステム本社にやってくるというので、健次郎も1人で応対。すると輝三はいきなり「両社が一緒になってはどうでしょうか」と提案した。

 健次郎は、それまで深い付き合いがあったわけでもなかった輝三の急な申し出にひどく驚いたが、その場で同意し、経営統合は事実上1時間足らずで決まった。その際、輝三は株式の統合比率やトップ人事などに一切の前提条件を付けなかった。健次郎は『熱意力闘』の中で、「あれほどの優良企業がと思うと、今も不思議な気がする」と記している。

 この経営統合について、当時を知る関係者は大概こう言う。

「もともとトステムは業界6位だったが、営業の猛者たちが片っ端から商談を成立させてトップにのし上がった会社。一方、INAXは争いを好まない、お公家さん集団のような会社だった。企業体質が全く異なる2社の経営統合は驚きで、獰猛なトステムにおっとりしたINAXは飲み込まれてしまうんだろうなあと思った」

 企業体質の違いはその後のLIXILグループの権力構造に如実に現れている。瀬戸が潮田からの突然の電話で辞任を迫られた2018年10月時点の取締役の構成をみると分かりやすい。総勢12人のうちトステム出身者は潮田を含めて4人、対するINAX出身者は創業家出身の伊奈啓一郎と、INAX最後の社長だった川本隆一の2人しかいない。

 残る6人のうち1人は瀬戸。あとの5人はコンサルタント会社マッキンゼー・アンドカンパニー出身の山梨広一、元警察庁長官の吉村博人、作家の幸田真音、英国経営者協会元会長のバーバラ・ジャッジ、公認会計士の川口勉。いずれも潮田の要請を受けて社外取締役に就いた人たちだ。

 

 LIXILグループは指名委員会等設置会社で、潮田と山梨、吉村、幸田、バーバラの5人がCEOの人事権を事実上握る指名委員。取締役のうち瀬戸と伊奈、川本を除く9人は濃淡こそあれ潮田に近い人物である。圧倒的にトステム系が多く、もしINAXとの間で争い事が起きれば、必ずトステムの主張が通るようになっていた。

怪しかったLIXILのコーポレートガバナンスの実情

 指名委員会等設置会社について説明する必要があるだろう。

 日本企業は長らく取締役が経営の「執行」と「監督」を兼任してきたため、株主の視点から経営されることが少なかったと指摘される。しかし、これからは株主の利益を重視した経営をするべきだとして、2015年にコーポレートガバナンス・コードが定められた。

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 日本語で企業統治と訳されるコーポレートガバナンスが最も機能する仕組みは指名委員会等設置会社だといわれる。株式会社は「所有(株主)」と「経営」が分離されていて、株主の負託に経営が応える形になっているが、指名委員会等設置会社は経営をさらに「執行」と「監督」に分離しており、業務は執行に委ね、それを取締役会が監督することになっている。執行が合理的で適正な経営判断をしているのかを取締役が監督し、株主の負託に応えるという建て付けだ。

 LIXILグループがこの指名委員会等設置会社となったのは2011年。日本でコーポレートガバナンス・コードが導入されるより前だったこともあり、「コーポレートガバナンスの優等生」と呼ばれたが、実情はかなり怪しいものだった。

 瀬戸に「指名委員会の総意で辞めてもらう」という電話をかけた潮田はLIXILグループの発行済み株式の約3%しか所有していない少数株主である。会社に顔を出すことは滅多になく、月の半分以上をシンガポールで過ごし、そこで骨董品を集めたり、プロの声楽家を呼んで発声練習をしたりする悠々自適の生活を送っていた。

 しかし実質的にCEOを選任する機能を持つ指名委員会や取締役会のメンバーを自分に近い人材で固めているため、思い通りにならなければ経営トップのクビを飛ばすことができる。表向きは指名委員会等設置会社だが、実際はわずかばかりの株式しか持たない潮田がオーナーとして振る舞ういびつな会社というのがLIXILグループで、瀬戸への電話は絶対権力者の最後通牒と言えた。

「僕は会食で辞意なんか告げていません」世間が注目した“リクシルお家騒動”の裏で…取締役会を手なずけた“創業家のウソ” へ続く

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