- 2022.07.12
- インタビュー・対談
「自分自身を、小説を書くために世界に置かれているだけの人間だと思うんです」村田沙耶香の最新作品集『信仰』
竹花 帯子 (ライター)
村田沙耶香さんインタビュー#2
ジャンル :
#小説
村田沙耶香の最新短篇&エッセイ集『信仰』が刊行された。表題作「信仰」が2021年シャーリー・ジャクスン賞にノミネートされるなど、海外でもますます注目を集めている村田さん。私たちが疑いなく信じている「現実」を揺るがす8つの作品についてインタビューした。(全2回の2回目。前編から読む)
「統一されることの危機感」から出発して
「お前は『均一』から来たのか」
「だよ。そう。」
「あんなに薄気味悪い街に住んで、可哀そうに」
「アーーーーアーーーーー」
僕は驚いて「均一語」で叫んでしまった。均一が気持ち悪い? なぜ? ここのほうがずっと不気味なのに。
――「カルチャーショック」は「マンチェスター インターナショナル フェスティバル」のイベントのために書き下ろしたとありますが、どんなイベントだったのでしょうか?
村田 文学だけでなくアートや演劇、音楽などの国際芸術祭です。私は7カ国の作家による朗読と、パフォーマーによる英語翻訳を同時に聴くことができる「Studio Créole」という企画に参加しました。私の日本語の朗読と同時に、舞台の真ん中で女性のパフォーマーが一人芝居のように英語で朗読をしてくださって、面白かったです。
妙に滞在期間が長いなと思っていたら、毎日通って朗読の練習をするんですね(笑)。その間にパレスチナの作家、アダニヤ・シブリさんと仲良くなったりして。アダニヤさんと去年ドイツで再会できたのはとても嬉しかったです。
――この作品では「均一」という街に住む少年が「カルチャーショック」という街の老婆に出会います。
村田 企画なさったアダム・サールウェルさんは、ご自身も小説家なのですが、自分が英語話者だからいろいろな言語の本が英語に翻訳されて読めてしまう、また他の言語を第一言語とする人とも当たり前のように英語で会話できてしまう、そのことに違和感があって考えた、とお聞きしました。なんとなくそのアダムさんのお話から想像が広がって、すべての価値がほぼ統一された「均一」に住む男の子の話になりました。
「アーーーー」という均一語の叫びは、日本語と英語で同じ音の台詞があったら面白いなと思って書いた箇所で、実際、私とパフォーマーの方の朗読が全然違っていて面白かったです。
他の方の朗読を聞いていたのですが、私は英語も得意ではないので内容をちゃんとわかっていなくて、再会したアダニヤさんは「沙耶香は一番奇妙なものを書いてたよ」と言って笑ってくださいました。
今は「罪」に興味があるんです
それが叶えばいいという気持ちはずっとある。けれど、私は、「多様性」という言葉をまだ口にしたことがほとんどない。
――「気持ちよさという罪」は「多様性」という言葉についてのエッセイです。この言葉の持つ暴力性に誠実に向き合った文章だと感じました。
村田 私は強く多様性を願っていますが、同時に、「個性」という言葉が怖かったときのことは忘れたくないなと思っているのだと思います。「多様性」をテーマにと依頼を受けて、そのときの全力で考えてることを書いたものですが、これを書いたことをきっかけに自分の罪や加害というものに興味がわいてきました。
――今年「新潮」で発表した「平凡な殺意」は、加害性をめぐるエッセイでしたね。
村田 そうですね、まさに加害について書きました。もちろん被害の面も大事ですが、今は加害そのものや加害に加担してしまうこと、その罪にとても興味があります。私は、自分自身を、小説を書くために世界に置かれているだけの人間だと思っていて。その人間についているカメラを通じて世界を眺めたり、その人間に起きた心の反応をデータとしてとっておいたりする感覚があります。その人間が、すごく凡庸で、浅はかで、愚かなのが、書くためにかえって利用できるような気がしていて。
こういうテーマのエッセイを書くときは小説と違い、さらに直接的に、その人間を解剖して切断面を見て分析しているような感覚があります。罪の部分を切ったときの面を見てみたいし、言語化してみたいと思うようになりました。そういう自分の願いのようなものが、このエッセイには表れているような気がします。
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