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「膀胱がんで死んだ友達ー松田優作が頭に浮かんで…」 がんから復活した北方謙三が励みにした“船戸与一の闘病”

「膀胱がんで死んだ友達ー松田優作が頭に浮かんで…」 がんから復活した北方謙三が励みにした“船戸与一の闘病”

夢枕 獏,北方 謙三

夢枕獏さん×北方謙三さん#2

「夜中に女性がそーっと来るのはドキドキしますね(笑)」悪性リンパ腫ステージⅢだった夢枕獏が“シャワーのある個室”を選んだワケ から続く

 2021年、悪性リンパ腫のステージⅢの検査結果を受けた夢枕獏さん。抗がん剤治療を行うため、「陰陽師」の連載を休んだ中、「入院中に作った俳句のことを書かせて下さい」と始まったのが『仰天・俳句噺』です。刊行を記念して、40年来の友人で、膀胱がんを早期発見して治療した北方謙三さんとの対談をお届けします。(全3回の2回目。続きを読む)

◆◆◆

「杖はもうファッションだな」

北方 (患部に入れた抗がん剤を)出しちゃった(笑)。1日入れておくと言われていたのに、3時間くらいでもう駄目だった。

夢枕 今も杖を横に置いてますけど、お洒落のため? それともまだ必要だからですか?

北方 周囲が腰の手術のお見舞いにくれたんだけど、もうファッションだな。杖をもって街を歩くと、なぜかみんな親切にしてくれるし(笑)。

北方謙三さん

夢枕 僕はそんな甘えで杖は持たないですよ(笑)。でも、がんになった時は自分史上最強で、いろんな我がままをかみさんが聞いてくれましたね。娘も心配してくれたし。

がんは早期発見が第一

北方 俺は自分で「死ぬんだぞ」って大騒ぎしたから、家族もさぞかし心配してくれると思ったら、娘たちも家内もお医者さんのところで話を聞いていて、「死にもしないくせに」って馬鹿にされた。

夢枕 僕も効いたのは最初だけで2か月くらいで効かなくなった。

北方 俺の場合はなぜ大騒ぎをしたかというと、膀胱がんと言われて死んだ友達――松田優作なんだけど、彼のことがパッと頭に浮かんで、自分も死ぬんだと思ったわけだ。俺たちの世代は「がん」という言葉が割と死に直結しているよな。

夢枕 そうですよ。小説でも映画でも誰かががんになったら、「この人は死にます」っていう旗(フラグ)が立ったという意味で、治ったり元気になったら反則です。でも今は早期発見が第一。

 

船戸与一はがんになってから『満洲国演義』を完結させた

北方 だから大丈夫だという気持ちもあるし、船戸与一は余命1年の宣告を受けてから6年間も生きた。

夢枕 僕も船戸さんのことは励みになりましたよ。がんになってから『満州国演義』を完結させて。

北方 よく考えてみたら、船戸だって小説の神様に守られていたからかもしれない。不思議と『満州国演義』は船戸作品の中でいちばんいいと思っていて、病人が書いた小説とはとても信じられないよなあ。

夢枕 亡くなられる2日くらい前に、僕のところへ船戸さんから将棋盤が届いたんですよ。以前、集英社の棋翁戦という将棋の勝負で、ある人から「夢枕に勝ったら2000万円の将棋盤をやる」と言われた船戸さんが、「太閤おろし」という凄く卑怯な手で勝って、その将棋盤を手に入れた。あの時のことを反省して贈ってこられたのかと思ったけど、あとで偶然、骨董屋で同じ盤を見つけて値段を見たら15万円だった。

 でも、船戸さんが見せてくれた背中というのは、僕にとって有り難かったです。まだ連載途中のものがいっぱいあるし、それを完結させるまでは死ぬわけにいかない。

『仰天・俳句噺』連載第1回の手書き原稿のFAX

お尻の軽い人は口も軽い

北方 やっぱりがんというのは、本当にガーンと来るだろう。

夢枕 ちょっとやめてください! 北方謙三が言うギャグじゃない(笑)。

北方 最初に「ガーン、私はがんになりました」と書いたのは、川上宗薫さんでしょう。

夢枕 確かに『おれ、ガンだよ』っていうエッセイもありましたけど。

北方 俺が缶詰になる時に使っている、都ホテルを紹介してくれたのが川上さんだったんだけど、ある時、ベッドの上で素っ裸の銀座のホステスが、「川上先生が」って言うんだよ。よくよく聞くと、川上さんは1人1回しか関係をもたないはずが、3回もやったというんで、「これは4回目もあるはずだ。絶対に俺のことを喋るだろう」と嫌な予感がしていたら、ロビーで後ろから肩を叩かれた。振り向いたら、川上さんがいたんだよ。

 

夢枕 何か言われたんですか?

北方 あれは達人だったな。「よっ、兄弟」って言われちゃった(笑)。

夢枕 やっぱりお尻の軽い方は口も軽い(笑)。

北方 俺は退院したあと、自分のが使いものになるかだけが心配だったんだけど、薬も何も使わないで使えたからそこは安心したな(笑)。

夢枕 デビューしたての30代の頃、一回、対談しましたよね。

北方 最初の対談はずいぶん真面目にやったな。お互いの作品を事前に全部読んで、語り合ったことをよく覚えている。それ以降はじゃれあっているばかりだけど。

夢枕 遠い昔、ワインバーで馬鹿な話もしました。

北方 俺はワインを女性に喩えて評価するんだけど、獏ちゃんはプロレスに喩えるんだよ。

夢枕 「これは修業期間が長い選手で」とか「3年間アメリカで前座をやって」とかね。「最近いい味出てきてますよ」なんていう感じで。

北方 そうそう。「生まれた時は4000グラムで10歳になったら100キロ超え。高砂部屋に勧誘されて中学で入門するも、稽古が辛くてメキシコに逃げて、ルチャリブレを覆面でやっていたんだけど、日本に戻ってきてマスクを外したら結構イケメンで、人気が出てきた頃に抜かれたワインですよ」とか言って(笑)。

夢枕 相当酔っぱらってました。

オホーツク海に向かって一緒に「北方謙三顔」を

北方 オホーツク海に向かって、一緒に「北方謙三顔」っていうのもやったよな。

夢枕 僕と北方さんとわっぺい(立松和平)さんで、『すばらしき仲間』というテレビ番組の北海道ロケに行った時でした。北方さんが「まずオホーツク海の水平線に目を合わせる。睨みつけるような視線をそこに残したまま、顔だけ下げていく。そうすれば俺になれる」と教えてくれたんですよ。

 3人で並んで「いち、にの、さん」で実際にやったら真っ先にわっぺいさんが、次に僕が耐え切れなくて噴き出した。北方さんは平然としていて、やっぱりすげえなと思いましたよ。

 

北方 でも基本的に俺と獏ちゃんの関係というのは、俺がいじられる側なんだ。君は俺のことをどれだけ和歌に詠んだんだ?

夢枕 ああ、仰天和歌ですね。

北方 「立てば立松、座れば椎名(誠)、歩く姿は北方謙三」

夢枕 よく覚えていますね。「木枯らしにコートの襟ちょっと立ててしまう、君の心にも棲(す)んでいる北方謙三」というのもありました。いい短歌じゃない(笑)。

北方 プロの写真家の使う銀座の富士フォトギャラリーで、2人の写真展をやったこともあったけど、あれも面白かったよなあ。

夢枕さんの「書」

「人を撮影する時には写真は暴力だと思って撮るほうがいい」

夢枕 北方さんは人間ばっかりいつも撮っていますよね。僕は一回、夜店の人を撮っている時に怒鳴られてから、人間を撮るのが怖くなっちゃったんですけど、「獏ちゃん、写真は暴力なんだ。暴力を振るわれれば誰だって怒る。人を撮影する時には写真は暴力だと思って撮るほうがいいよ」と北方さんに言われて大いに納得したし、以後、このセリフは他でも借用させてもらっています。

北方 海外でも貧しいスラムに行って、こっちがいい被写体だと思っても相手は撮られたくない。コートジボワールでは石を投げられたけど、これは俺が先に暴力をふるったんだから仕方ないな、って。

夢枕 写真展でも北方さんはアフリカの黒人の写真が多くて僕は花の写真ばっかり。

北方 しかも獏ちゃんは花を接写レンズで撮っているから、おしべとめしべがベターッとくっつきそうで、よく見たらちょっといやらしい(笑)。

(初出:オール讀物2022年1月号、撮影:志水隆/文藝春秋)

「締め切りギリギリまでK–1のノックアウトシーン動画を延々と観てる」夢枕獏と北方謙三が語る“がん治療後”も“執筆がやめられない”ワケ へ続く

単行本
仰天・俳句噺
夢枕獏

定価:1,760円(税込)発売日:2022年06月27日

電子書籍
仰天・俳句噺
夢枕獏

発売日:2022年06月27日

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