- 2022.07.25
- インタビュー・対談
せつなさに胸が熱くなる、女ともだちの物語――『ブータン、世界でいちばん幸せな女の子』(阿川佐和子)
「オール讀物」編集部
Book Talk/最新作を語る
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
普通の人生の、普通の幸せ
子供がつけるあだ名は、時として心無い。ブタと名字を合体して「ブータン」。丹野朋子は、そんな女子には嬉しくないあだ名で呼ばれていた。だけど彼女は“世界一幸せ度が高い国”と同じ名前で呼ばれる自分も、世界一幸せな人間になるのが目標だと明るく語る。順風満帆とはいかない人生でも常に朗らかなブータンを巡る連作短編集だ。
渡部万里子は伯父の入院先で働く元同級生ブータンと偶然再会する。中学からの仲良しグループでそのことを話すと、皆が思い出したのは、彼女が教師の財布盗難で疑われた一件だった。
「一篇目は“女ともだち”というテーマに即した単発の執筆依頼で、特に連作の予定ではなかったんです。それなのに中学時代の未解決事件なんて出してしまって、最終話までに解決をつけるのが一苦労でした(笑)。ブータンと元同級生達で続きを……と考えた時に、同い年の女性を順繰りに書いていくのではどうしても似通ってしまう。二篇目以降は意識的に彼女達から離して、物語に旅をさせました」
別居の母が突然戻ってきたせいで祖母との生活が崩れて戸惑う、海辺の町の女子中学生。可愛い赤ちゃんとハンサムな夫がいるお人よしの同僚の家に招かれた、家電量販店の販売員。定期訪問して家事を手伝ってくれるリハビリトレーナーに、料理を教える老女。一見ばらばらな主人公達だが、どの物語も、読み進めるうちにブータンの人生の一場面が浮かび上がってくる。
「全篇を通じて“女ともだち”という言葉が頭の片隅にありました。女性同士の友情というのは結婚出産などのライフステージや互いの環境に左右されるので、同じメンバーでずっと仲良くというのは難しいですよね。学生の頃は四六時中おしゃべりしてたのに、社会人になったら疎遠になって、四十代、五十代で急に仲が復活したりする。無理に続けなくてもいいし、距離が変わるからこそ面白いとも思うんです」
終盤では渡部らブータンの元同級生達が再び集い、盗難事件の真相とある事実が明らかになる。登場人物の一人がこぼす、「思ったより愛されてたんだ」という感慨が心にしみる。
「世の中には人間の業(ごう)を抉るような小説もあるけど、私には書けません。でも私も含めほとんどの人は些細なことで幸せを感じたり、ふとした言葉に傷ついたりしながら毎日を過ごしているものですよね。ささやかな喜怒哀楽をミックスサラダのようにして生きていく人間でありたいと思いますし、私が書くならそういう“ちっちゃい物語”がいい。それで読んだ方がちょっとだけ元気になってくれれば嬉しいです」
あがわさわこ 1953年東京都生まれ。2000年『ウメ子』で坪田譲治文学賞、08年『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞受賞。14年菊池寛賞受賞。『聞く力』等著書多数。
阿川佐和子さんによる『ブータン、世界でいちばん幸せな女の子』の朗読はこちらから