日本は「中国」とどう向き合ってきたか。『文藝春秋』100年の記事から読み解く
戦中は拡大派と不拡大派が、戦後は北京派と台湾派が、現在は対中強硬派と経済優先派が激突。日本は「中国」とどう向き合ってきたか。雑誌『文藝春秋』100年の記事を、中国外交文書を使った戦後日中関係に関する調査報道のスクープでボーン・上田記念国際記者賞を受賞した城山英巳さんが読み解く。
「習近平中国」は本当に見たことのない中国なのか
私は二〇二一年秋、創刊百周年を迎える『文藝春秋』の新谷学編集長からの依頼で、二〇二二年四月号に「中国共産党と文藝春秋の百年」という原稿を書く機会をいただいた。大正十二(一九二三)年の創刊号以来、百年間にわたり『文藝春秋』誌上に掲載された膨大な「中国」に関する記事を、北海道大学や早稲田大学の図書館で探してコピーしては目を通し、計二十五篇の記事を選抜し、四十二ページの原稿にまとめた。
そして今回、これを大幅に加筆・修正して「文春新書」から出版するチャンスまでいただいた。さらに記事を読み込み、読み解き、本書の各項目冒頭に六十篇の標題を掲げ、この六十篇を含めて珠玉の計百十三篇もの記事を紹介した。
本書の究極の目的は、この百年間に中国と関わった、あるいは中国を見続けた偉大なる先人の知恵を改めて読み返し、「現代的意味」を問うことである。
「探してコピーし、読んでは分析し書き進める」という約十カ月間に及ぶ単純作業を通じて次のことがよく分かった。
「日本は強大化する中国といかに向き合うべきなのか」「強権独裁的な『習近平中国』とはいったい何なのか」。
こういう難題を考える際、最近書かれた文章を読んでも、正直ピンとこないことが多いのだが、『文藝春秋』の過去の論考を読むと、目から鱗が落ちるほど、今の状況をズバリ言い当てているということである。
その結果、私は「今台頭する中国は、本当にわれわれがこれまで見たこともない中国なのか」という問題意識を持つに至った。中国あるいは日中関係も、本質的にはこの百年間を通じ、「変化」よりも「不変」の要素の方が大きいのではないか。変化したのは中国ではなく、中国を見る日本や世界の中国認識の方ではないのか、という気がしてならない。
日本の近現代史は、「中国」とどう向き合うかを問われた歴史だったと言っても過言ではない。さらに中国は、支配するのが国民党であろうが、共産党であろうが、あるいは西洋列強や日本に蝕まれて弱かった百年前であろうが、「強国」として野心をむき出しにする「習近平中国」であろうが、その本質は変わっていないのではなかろうか。
『文藝春秋』が創刊された約百年前、日本では日露戦争を戦い「流血」の結果として獲得した満洲権益を維持、拡張するために満蒙(満洲と内蒙古)を中国と認めず分離させるか、あるいは中国と協調する道を選ぶかで激論となっていた。結局、前者の道を突き進んだことが日本の命運を分けた。一九三七年の盧溝橋事件を経て日中全面戦争が始まった八十五年前、「拡大派(一撃論者)」と「不拡大派(対話派)」が激突し、勇ましい声が勝った。
その過程で、張作霖爆殺事件(一九二八年)の処理で昭和天皇の逆げき鱗りんに触れ、内閣総辞職を余儀なくされた田中義一首相しかり、蒋介石に「爾後国民政府を対手(あいて)とせず」との声明(一九三八年)を出し、日中戦争を泥沼化させた近衛文麿(このえふみまろ)首相しかり、中国問題で失敗したリーダーは政権を失い、深刻な場合には国家を破滅の淵に追いやった。
日本敗戦後も同様である。中国大陸を治める毛沢東(もうたくとう)の共産党政府と国交正常化すべきだ、いやそうではなく、敗戦時に蒋介石から受けた「恩義」を忘れるべきではない、という激論が起こった。「北京か台湾か」が政界、世論とも二分したのだ。
今も、尖閣諸島や台湾有事、人権問題などで米国をはじめ民主主義陣営と連携して中国包囲網を強固にすべきか、それとも政治対話や経済協力を重視し、日本にとって最大の貿易相手国でもある中国を国際社会に取り込む「関与政策」を続けるべきなのかが問われている。
中国の権力内部で何が起こっているかはなかなか窺い知れない。特に秘密主義を徹底させる共産党体制である。昔は毛沢東、今は習近平共産党総書記(国家主席)が何を考えているのか、彼らが日本に対してどう認識しているのかさっぱりつかめない。
こうした中、『文藝春秋』が百年間にわたり誌面で問い続け、提起し続けたのは、中国内部で一体、何が起こっているのか。そして日本は、中国にどう向き合っていくべきなのか、という視点であった。
奇遇だが、『文藝春秋』創刊と、二〇二一年七月に結党百年を迎えた中国共産党の誕生は同時期である。さらに二〇二二年九月二十九日は日中国交正常化から五十周年の節目であり、日中関係をもう一度考え直す好機である。
そして二〇二二年秋に、中国共産党は五年に一度の党大会を開く。しかも二十回目の節目である。毛沢東並みの権力集中と個人崇拝を進め、異例の三期目を目指す習近平も二三年、七十歳を迎える。そろそろ習近平亡き後の中国がどう転ぶか、長期的視点で考えなければならない時期に来ている。
こうしたなか、大正、昭和、平成、令和と百年間にわたり中国や日中関係に対する論点を提示し続けた『文藝春秋』の記事との対話を通じ、今の中国を知り、五年後あるいは十年後の中国や日中関係を透視したい。
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