- 2022.11.07
- インタビュー・対談
今度のテーマは〈ロジスティックス〉と〈問題解決〉!? 「恩田ワールド」最新作品を著者が語る
『なんとかしなくちゃ。 青雲編』(恩田 陸)
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
ミステリー、サスペンス、ホラーやSFから、青春小説、コメディタッチの作品まで――。「恩田ワールド」とも称される作風の幅広さを誇る恩田陸さんの新刊、『なんとかしなくちゃ。 青雲編』が刊行された。今回はどんな作品で、読者を楽しませてくれるのだろうか。
主人公は梯(かけはし)結子(ゆいこ)。大阪で長く続く老舗海産物問屋の息子を父に、東京の老舗和菓子店の娘を母に持つ。幼い頃からモノゴトをよく観察する子で、効率の悪いもの、無駄な手間がかかっているものを「キモチワルイ」と感じ、なんとかしようとしてきた。本作は、いわば彼女の人生を描く物語だ。
「なんともジャンル分けできない小説になりました(笑)。そもそもはロジスティックスを描きたかったんですが……」
ロジスティックス――近年、物流の現場で聞かれる言葉だが、「原材料の調達から消費者の手に届くまで」といった一連の流れを一括で管理するシステムのことだ。
「結子は映画『大脱走』のジェームズ・ガーナー演じる“調達屋”に憧れますが、あれはまさに私のことです(笑)。何もない不自由な捕虜収容所で、仲間からあれがほしい、これがほしいと無理難題をふっかけられても、涼しい顔で用意してみせる。カッコいい! と思ったし、昔から調達するという行為に興味があったんですね。でも、小説の題材にしたいと考えたのはけっこう最近のことで、忍足謙朗さんが国連世界食糧計画で活動していた頃の本を読んで、とても面白かったのが直接のきっかけです。いろいろな制約がある中で、いかに物資を必要とする人に届けるか。そういうことをやる人の話を書いてみたいと思いました。じゃあ、そんな仕事のエキスパートになる人はどんな子供時代を送っていたのかな、と逆算して考えて、結子の子供時代から物語を始めました」
結子は、幼いころからその才能を発揮する。自宅近くの、いわば“縄張り”だった公園に隣の町内の子供たちがやってきて、自分が遊べなくなる。ではなぜあの子たちはわざわざこちらまで“遠征”してくるのか、そしてどうすれば本来の遊び場に戻ってもらえるのか。あるいはクラスメート同士のお誕生日会を、どうすれば華美になりすぎず、経済的な負担を軽くしてみんなが参加しやすい形で開催できるか――。結子の父は彼女のアイディアを見て、「才能あるなー。なんの才能か分からんけど」と感嘆する。
「結子の愛読書、『エルマーの冒険』にも“調達”とか“問題解決能力”への興味の根っこがありますね。これまであまり現実的な小説を書いたことがなかったので、今回は、社会問題とまではいかないけれど、地に足のついたやり方で課題をクリアしていく人を書いてみたいな、と思っていたんです。
いまの日本はあらゆるものが制度疲労を起こしていて、閉塞感に押しつぶされそうになっていると感じます。かつては現場主義で実務能力を重視する社会だったのに、いまは形骸化したシステムばかりで、あまりにも無駄が多い。だから、常識的な感覚を持った、知恵で問題解決をしていく人を書きたいなあ、と。そんなこんなが組み合わさって、この物語になりました」
結子は1970年生まれの設定。恩田さん自身より少し下の世代だ。
「私はまだまだ昭和寄りの価値観に囚われていますが、70年代生まれくらいなら、もう少し昭和の価値観から距離があるかな、と思ってこの年齢にしました。アナログ時代もしっかり経験しているし、就職した時にはまだITという言葉もなかったギリギリの世代ですよね。私が社会人になった頃にワープロが出てきて、一気にOA化が進んだ。そちらにはついていけましたが、パソコンが出てきた時には、この技術革新についていけるかなあ、と不安になったのを覚えています。結子の世代なら、ある程度スムーズに移行できるんじゃないかと」
物語の後半で、結子は大学生となる。そして彼女の学生生活は、「城郭愛好研究会」というサークルがおもな活動拠点となる。
「彼女が将来進む道を考えれば、ボランティアサークルとか、ビジネス研究会みたいなところに入るのが妥当なところなんですが、なぜか城郭愛好研究会に入って、合戦のシミュレーションを始めてしまった(笑)。自分でも予想外の展開だったんですけど、城攻めというのは兵站などのロジスティックスが必要だし、戦略思考が大事なので、調べながら書いていて面白かったです」
そしてその合戦シミュレーションの中で、結子独特の思想――“梯ドクトリン”が注目される。合戦において、なにを「勝ち」とするのか――。たとえ降伏したとしてもなんとか生き延びる、それが“梯ドクトリン”だ。
「いかにより良い条件で生き残るか、を優先する。それって、紛争下でも、ビジネスでも、あらゆる場面で大事だと思うんです。そういう意味で、影響を受けたのは(国連難民高等弁務官などを歴任した)緒方貞子さんの考え方ですね。あの方は真の現実主義者で、必要とあれば軍隊も使うし、ロビー活動もするし、メディアもうまく使って、とにかく実を取る。生き残ることができれば次があるんだ、という考えにブレがない。そういうところは参考にしました」
ところで、物語は結子が大学を卒業するところで終わる。タイトルには「青雲編」とあるが、彼女のこの先は……。
「もちろん、次の『熱風編』も考えています。予定では、東日本大震災後、ある程度経験を積んで、社会を動かせるポジションを得た彼女を書きたいと思ってます。ただ、たぶん彼女は一時的にNGOとかでも活動するだろうけど、最終的には商売をさせたいですね。やっぱり儲けなきゃ。彼女には、世界が『キモチイイ』場所になるように、更に世界で活躍してもらいたいです」