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直木賞候補作家インタビュー「悲劇の未亡人か、稀代の悪女か」――雫井脩介

直木賞候補作家インタビュー「悲劇の未亡人か、稀代の悪女か」――雫井脩介

インタビュー・構成:「オール讀物」編集部

第168回直木賞候補作『クロコダイル・ティアーズ』

出典 : #オール讀物
ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

『クロコダイル・ティアーズ』(雫井 脩介/文藝春秋)

 鎌倉近くの町で老舗の陶磁器店を営む初老の夫婦を、衝撃的な事件が襲った。跡継ぎにと期待していた働き盛りの一人息子が殺されたのだ。逮捕された犯人は、なんと息子の妻・想代子(そよこ)の元交際相手。さらにショッキングなことに、被告人となったこの嫁の元カレは、裁判の最後で「想代子から夫殺しを頼まれた」と主張したのである。

「息子を殺したのはあの子よ」

「馬鹿を言うな。俺たちは家族じゃないか」

 五年前に嫁に来た時から想代子と折り合いが悪かった姑の暁美(あきみ)は疑念を抑えきれないが、孫を溺愛している舅の貞彦(さだひこ)は嫁を信じたいと願う――。

 雫井さんの候補作は、一心同体と思われていた“家族”の内側に突如として広がっていく“疑心暗鬼の闇”を徹底的に描いたミステリーである。

 まず意味深なタイトルに目が行く。直訳すれば「ワニの涙」であるcrocodile tearsとは、古くは古代ローマ時代の表現に由来する、「嘘泣き」を意味する言葉なのだという。

「想代子の人物像がこの物語の肝(きも)なので、彼女に関する言葉をタイトルに据えたいとずっと悩んでいました。小説の中で、夫を殺された想代子はおそらく涙を流すであろう、しかし周囲からはそれが嘘泣きと見えるんじゃないだろうか――。こう考えた時、crocodile tearsという言葉に行き当たりました。獲物を捕食する際、ワニが涙を流すことから『嘘泣き』の意味が生まれたらしいのですが、獲物を食べる時に流す涙ってミステリーっぽいし、悪女を連想させますよね。この言葉に出会って想代子のキャラが固まり、物語のピースがピタッと嵌(は)まり、プロットも決まっていきました」

 いったん生まれた疑惑の影は徐々に広がっていく。当初、「焼き鮭が塩辛い」「どこで買ったの?」「私を早死にさせたいの?」といったありがちな嫁姑トラブルに見えたものが、しだいにケガを伴う不可解な事故や、盗難事件へとエスカレートしていく。最後まで想代子の内面が描かれないことで、暁美たち家族も、そして読者も、彼女の一挙手一投足に戦慄せずにはいられなくなるのだ。

「嫁の本心がわからないからこそ、単なる嫁姑の行き違いを超えて、あの嫁の心の奥には悪意があるんじゃないか、家族を滅茶苦茶にしようと意図してやってるんじゃないか、そんな疑念が、嫁と姑、夫婦の間でもぶつかり合い、家族が軋(きし)んでいくのです。想代子の人間性をめぐる物語の展開を、究極のサスペンスとして楽しんでもらえたら嬉しいですね」

雫井脩介(しずくい しゅうすけ)

一九六八年生まれ。一九九九年『栄光一途』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。『犯人に告ぐ』で大藪春彦賞。近著に『霧をはらう』等がある。


第168回直木賞選考会は2023年1月19日に行われ、当日発表されます。

(「オール讀物」1月号より)

単行本
クロコダイル・ティアーズ
雫井脩介

定価:1,760円(税込)発売日:2022年09月26日

電子書籍
クロコダイル・ティアーズ
雫井脩介

発売日:2022年09月26日

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