- 2023.01.16
- インタビュー・対談
直木賞候補作家インタビュー「石見銀山の女の『抵抗と受容』の物語」――千早茜
インタビュー・構成:「オール讀物」編集部
第168回直木賞候補作『しろがねの葉』
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
戦国末期のシルバーラッシュに沸く石見銀山を舞台に、主人公の少女ウメが過酷な環境で運命に抗いながらも、自立した女性へと成長していく姿を描いた、著者初となる時代小説だ。
「もともと自分がこの時代を書くとは思っていなかったんです。デビューしてから何年か経って、たまたま石見銀山へ旅行した時、世界遺産になりたてで、地域全体が盛り上がっていました。地元の人たちが自発的に無料ガイドをしていて、いろいろ教えてくださって。その時に、石見の女性は三人の夫を持った、と聞きました」
銀山で働く男は、事故や肺病で総じて早逝してしまう。遺された女たちは、子孫を残すために何回も嫁いだ――そう聞いて、当時の女性たちがどんな気持ちで生きていたのかが気になった。
「でも、まだ自分では書くのには時期尚早だと思いました。作家を続けて、五十代くらいで筆が太くなれば書けるかなと思っていたところを、編集者に、もう書いちゃったらいいと背中を押されたんです」
ジャンルは意識しなかった。
「人間を書くのに今も昔もないですよね。ただ、資料や取材が現代を舞台に書くよりも多く必要なのは時代小説ならではかと。偶然にも、校閲の方が鉱山マニアというめぐり合わせもありました」
最初に訪れた時に惹かれた、石見の緑の美しさを描写したかったという。
「間歩(まぶ)(坑道)に入ったときに、ぽっかりとして、何も残っていない空間に驚いたんです。そこで働いていた人たちの名前も痕跡もない。小説家は文字を使って何かを遺す仕事なので、そのことに根源的な恐怖を感じたのかもしれません」
歴史的事実として女は間歩に入ることは許されなかった。だが、入りたいと思った女性はいたのではないか――。
「不思議の国のアリスのように、“穴”に入る女の子は、自立心があって、好奇心旺盛だと思うんです。なので、間歩に入るのはどんな女性だろう、というところから彼女の性格が生まれました」
ウメを銀山へと導いた天才山師の喜兵衛、ウメに想いを寄せる鉱夫の隼人、異国の血を引く龍という三人の男が物語におりたつ。
「銀山の男たちのなかで、ウメは女として抗い続けます。でも、今までの私であれば、抗うだけのところが、最終的に抵抗と受容までを書けたことが大きかった。本作には、出雲阿国という歴史上の人物も登場しますが、どの作品でも、名前のない人を書きたいと思っています。形式を変えたこと自体も面白かったし、どんな形式で書いても自分の小説になる、と感じられて良かったです」
千早茜(ちはや あかね)
二〇〇八年『魚神』で小説すばる新人賞。〇九年同作で泉鏡花文学賞、一三年『あとかた』で島清恋愛文学賞、二一年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞を受賞。
第168回直木賞選考会は2023年1月19日に行われ、当日発表されます。