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東海林さだおと上野のパンダは“いて当たり前”と思ってない?

東海林さだおと上野のパンダは“いて当たり前”と思ってない?

文:春風亭 一之輔 (落語家)

『パンダの丸かじり』(東海林 さだお)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

 大事なことは、いつも同じニンジンのつけあわせばかりじゃなくて、工夫してたとえば大根おろしとポン酢にしてみる。この新しいつけあわせで、ハンバーグのテンションもポテンシャルも、ぐっと上がるわけです。

 そうなると、一方でハンバーグに添えられた大根おろしの気持ちはどうか。こんなに脂っこいものに添えられるのは、天ぷらに添えられて以来ではないのか。

 なんて具合に、検討課題は増える一方なんです。

 

 本書でも取り上げられていますが、食べ物には「置かれてステキな向き」がありますよね。私も焼き魚の置き方が逆だと、イラっとする方です。

 そこで、鶏むね肉についてはどう考えるべきなのか。どっちが上、あるいは表なのか。

 確かに大きな問題ですよ、これは。

 豆大福の豆だけ、ドラ焼きの皮だけ、タコ焼きのタコだけ食べたい。その気持ちもよーくわかります。私はサンマのハラワタが大好きで、あの部分だけチューブに入れて売り出してくれないかな、と夢想しているほどです。アツアツのごはんにちゅーっとかけて食べたい。

 

 そんな私が本書を読めば、共感するより先に「すげえなあ」と、そのレベルの高さに感心します。だって、一定のレベルのものを量産し続けるって大変じゃないですか。新聞漫画を毎日描く人、私はどうかしてると思いますよ。

 お会いして、「東海林さだおって実在したんだ」と思ったもん。

 ひょっとして「チーム東海林」のような架空の存在かもしれないとすら、ぼんやり思ってましたから。

 

 食べ物についてここまで考え続けることができて、しかもこの期に及んで「芋けんぴを初めて知った」なんて喜んでいるところはかわいいですよね。普通は年齢とともに、腹が満たされれば細かいことや新しいものはどうでもよくなってくるじゃないですか。

 それと、読んでいるうちに食べたくなっちゃうんですよね。

 鶏むね肉、食べたことなかったんですが、コンビニに買いに行っちゃったもの。カリカリ梅なんか大してうまいものじゃないのに、どういうわけか食べたくなる。

 葛湯も、ふだん飲みたいなんて一切思わないでしょ。あってもなくてもいいものなんだから。それを、「そうだ葛湯飲もう」を読んで、ついしみじみしたくなって、「うちもどこかにあったな」なんて探しましたよ。

 必ずしも「うまい」とか、「これがいいよ」と勧めているわけじゃないんですよね。カリカリ梅なんか、「孤独な食べ物である」と書いてあるだけなんです。

 いろいろな角度から考えて、「これはこんな切り口からこう見るとステキよ」と取り上げて、読んでる人に生ツバを飲ませる。

 

 あのね、私いいことを思いついたんですよ。

 先日、すでに調理して真空パックになっているアジの開き、という珍しいものを頂いたんです。これが頭からしっぽまですべて食べられるという代物。確かに、中骨も鮭の骨みたいにサクサク食べられて、最後に残るのは二つの固い眼玉だけなんです。食べ終わった感想は、

「うん、アジの開きの頭と骨は、別に食わなくてもいいな」

 ということでしたけどね。いや、うまいことはうまいんです。でも、食べ終わった後の皿の絵柄的にも、平凡な一日の朝ごはんにはそぐわないというか。

 うちの奥さんは、「避難所で食べるのにいい」と言ってました。

 きっと日本全国にこういう不思議な食べ物がいっぱいあるんだろうな、と思うんです。

 NHKの大河ドラマ制作チームのところには、全国から郷土の英雄を取り上げてほしいという陳情が押し寄せて来るんだそうですね。家康でも信長でもない、ワケわかんない人物でも、大河ドラマにすれば面白くなるはずだ、ということで。

 東海林先生は、この大河のプロデューサーみたいなものだと思うんです。うまくも何ともない、ワケのわからない食べ物でも、先生が書けば思わず食べたくなる。

 だから、全国のみなさん、ぜひ東海林先生に取り上げてほしい特産物を売り込んだらどうでしょう。

 きっと売れますよ!

文春文庫
パンダの丸かじり
東海林さだお

定価:770円(税込)発売日:2023年04月05日

電子書籍
パンダの丸かじり
東海林さだお

発売日:2023年04月05日

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