忘れもしない「快感! 思考停止の食事」(『伊勢エビの丸かじり』収録) という一篇が、ぼくが最初に読んだ「丸かじり」でした。カアちゃんから勧められたのがきっかけです。
暑くて思考、食欲ともに停止してしまった東海林さんが、義務感にかられて昼めしを食べに出かける。頭が働かずボーっとしているうちに、ボクシングのセコンドのような人が背後についてくれて、メニュー決めから(アジフライ定食に決定!)、食べ方から(まずソースをフライにかけろ。そうだ、ジャブジャブかけろ!)、休憩のタイミングから(ここで楊枝だ!)なにもかも指示してくれたら……という妄想話です。これが衝撃的に面白くて、吐いちゃうんじゃないかと思うくらい笑ったことを覚えています。
当時のぼくは一七、八歳。そこから一気にハマって、五冊単位くらいで丸かじりを買い込んでは読み漁り、買い込んでは読み漁りしているうちに、丸かじりシリーズ以外の著作も含めて、気づけば本棚には東海林さんの文庫が百冊ほど並んでいました。
ぼくは東海林さんがちっちゃい話をするところが好きなんです。今回の『バナナの丸かじり』から、たとえば「日本人は忖度疲れ」の回。
五人で焼き肉を食べに行き、牛肉の割り当てはひとり四切半。この「半」をめぐって駆け引きが駆けめぐり、思惑が入り乱れ、忖度が飛び交う。そして「さもしい奴だ」と思われたくはないが、できることなら「半」を一切れに持っていきたいという思いとの間で、心は千々に乱れます。
「あいつはいま四切れ目だ」
と数えている人がいるわけではないから、一切れぐらいはごまかせるかもしれない。
でも、もし、いたら……。
こういう或る種の人間の小ささみたいなものがシリアスにならずにユーモアをもって描かれることで、読み手側はじぶんにも心当たりのある小ささを許される気がするんじゃないかなって思うんです。だから東海林さんの文章はいつ読んでも疲れないし、もっと読みたいなっていう気持ちがわいてくるのではないだろうかと。
かつて、二十世紀最高のダンサーと言われたフレッド・アステアという人がいました。アステアの映画を観ていると「なんだよ、タップダンスなんてめっちゃ簡単そうじゃん。ちょっとマネしてみようかな」という気になるのですが、いざ映画を観終わってやってみると手も足も出ない。
東海林さんの文章も同じです。表面上は軽くて洒脱で、一瞬、誰でも書けるんじゃないかと思わせるような近しさがある。けれど絶対にムリ。そんな風に読み手に「俺でも書けるんじゃないか」って思わせることは、実は究極的にすごいことです。
お芝居に関してもそうですが、今の世の中では割と、「圧倒される表現」というものがヨシとされる風潮にあるような気がします。そんな中にあって東海林さんの文章は、いかに「圧倒させない表現」で居続けるかということが大事にされているのではないかとニラんでいます。ぼくにとってはその点こそが、東海林さんの文章のもつ魅力であり、粋なところだなと感じられるんです。
おそらく東海林さんは大変な恥ずかしがりやでいらっしゃるのではないかと想像しているのですが、そのシャイさが生み出しているのであろう文章のつやっぽさに強く惹かれます。そして七割くらいの力で書い(ているように見せかけ)て、残りの三割は読み手が好きに想像力を働かせることができる逃げ道のようなものをつくってくれているように思います。
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