この『焼き鳥の丸かじり』で、東海林さだおさんの「あれも食いたい これも食いたい」丸かじりシリーズは、文庫40巻めだそうだ。
単行本はすでに42巻まで出ている。そしてもちろん現在も連載は続いている。
東海林さんは、いったいどれだけの食べ物を丸かじりしてきたのだろう。いままでの巻のタイトルだけを並べても、
タコ、キャベツ、トンカツ、ワニ、ナマズ、タクアン、鯛ヤキ……。
和洋中エスニック、魚介、肉、野菜、果物、甘味、すべてが網羅されている。『猫めしの丸かじり』まであるのだ。
一冊には35~36篇が掲載されている。
42×36。1512。
これまでに千五百もの丸かじりをされてきたわけだ。
しかも、気ままに身辺雑記を書きつらねているわけじゃない。
テーマはあくまでも「食」限定。
毎回、きちんと手描き文字のコメントやセリフが入った1コマ漫画3点も添えて。
それで、1512!
あの王選手だって868本。
白鵬だって1147勝。
金本選手の連続試合フルイニング出場ですら1492で途切れている。
不滅の大記録だ。
毎週毎週、なんでこんなことを思いつくのか、アイデアが尽きることはないのか、というこちらの杞憂をよそに、本書も絶好調。
食パンの考察からダリの一枚の絵のエピソードになる。
谷崎潤一郎の逸話がなぜかとうもろこしの食べ方になって、再び谷崎に戻る。
東海林さんの柔らかな思考は、じつはいろいろな知識と経験に裏打ちされている。
しかし、博識をふりかざすわけでもなく、誰もが知ったつもりになっているか、知ったかぶりができるぐらいの「ああ、あるある」「知ってる知ってる」的な譬(たと)えの提示から話を始めつつ、誰もが考えもしなかった境地に連れて行ってくれる。
フランスの食通、ブリア・サヴァランの有名な言葉に、
「君がふだん食べているものを言ってみたまえ。君がどういう人間か当ててみせよう」
というものがある。
言いたいことはわかるのだが、なんとなし腹が立つ(東海林さんも本書の「春は蛤」の中で、「なんなの、この上から目線は」と切り捨てている)。
丸かじりシリーズは、サヴァランのこの言葉と同じことを書いているように思えるのだが、目線がまるで違う。
常に読む人みんなと同じ目線、ともするとやや下方なのだ。
だから誰もが共感できる。
ロサンゼルスの住宅地の情景から始まって弁当の王様みたいな松花堂弁当を貧乏根性丸出しと言い放ち(区切りがやたらに多くて、一戸建てだった敷地を何戸ぶんにも分譲したみたいだから)、日本人論にまで話を発展させる。
こんな芸当、ほかの誰にできるだろう。たぶんサヴァランにもできないと思う。
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