●ぼくも寿司ってるひとりです
ぼくも“寿司って”ます。日に一食は食いたいと思うほど寿司が好き。誰彼なしに寿司屋へ行こう、と誘う癖がある。
「まるで馬鹿の一つ覚えですねェ」
辛辣な僕の女性スタッフは言う。寿司好きになったのは三〇年ほど前。高円寺駅近くの回転すし店が客の注文に応じてその都度握るようになった頃からだ。専門の寿司店と同じようにオーダーできるのが嬉しかったし、ネタも新鮮だった。
それまでの回転すし店はベルトコンベアに皿を載せて出すシステムが主流。マグロやイワシなどの寿司が色分けされた皿に載せられ、サーキットを周回するスポーツカーのように目の前を流れてゆく。この中から選ぶ際のコツは、寿司ネタの鮮度を見分けることだ。握ってから時間が経つと乾いてくる。ネタの切り端が干からびると誰も手をつけないのでベルトから除去される。手練れの客たちはこの皿を“周回遅れ”と呼んで無視し、新ネタが回って来るまで待つ。
二~三周回りとなったマグロの赤身やヒカリモノは、握りの店員がネタに水を散らしてごまかす場合もあった。握りたてと勘違いして皿を取る客がいるからだ。食べ終わると店員が来て、積み上げられた皿を数えて勘定する。安価なので貧乏な若者たちの味方だった。
当時、回転すしのシステムを知らない女友達と店に入ったことがある。彼女は食べ終わって数枚重なった皿をすました顔でベルトに戻し、僕はあわてて回収する羽目となった。初めは誰でも戸惑うよね。ところが、あれは彼女の揶揄だと後で分かった。高級な寿司店以外は行ったことがないワ、とのメッセージらしい。やたらと高級ブランドのファッションで身を包んでいたのも頷ける。
門前仲町にある馴染みの立ち飲み屋に魚河岸勤務の男がいた。高級マグロを扱うというので回転すし店のマグロネタについて尋ねてみた。
「アタシャア、行かないねエ」
と、間髪を入れずに返してきた。回転すし店のマグロを食うなどプライドが許さないということか。確かに彼は高級料亭にもマグロを卸していた。後日、偶然通りかかった回転すし店のカウンターに侘しい男客の後ろ姿があった。なんだ、食ってるじゃあないか。ガラス張りだから丸見え。僕は気付かれないように立ち去った。
近年、回転すし店に立ち寄るチャンスはあまり無い。だが、評判の寿司屋があれば多少無理してでも訪ねる。いつの間にか、小シャリの握り三〇貫ほど喰らう習慣が身に付いてしまった。結果、自分の理想体重を五kgオーバーし、八〇kg前後にも及んで焦った。これじゃあ趣味の登山が難しくなる。せいぜいダイエットを意識して生活しているが、相変わらず寿司には目がない。やっぱり馬鹿の一つ覚えですかね。
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